傑作はいつも頭の中にⅨ
「さぁ、作戦実行だね」
「うまくいくかなぁ?」
「今の玲なら弱ってるし、大丈夫だって。遥華さんは呼んだ?」
「うん。部活があるからちょっと遅れるって」
肩にかけたバッグには四人分のコスプレ衣装。といっても完成してるのは僕と湊さんの二人分だけで、残りはまだ調整前だ。ここまで作ったんだから、と情に訴えかければ遥華姉は渋々納得してくれそうだけど、玲様はどうだろう?
湊さんは自信があるみたいだからきっと大丈夫だよね?
「あぁ、やっと来たのね。湊はなんとなくわかってるけど、直はなんの用事があったのよ?」
玲様のペン入れは順調に進んでいる。もう残りの枚数も片手で数えられるようになっている。これからまだトーンを張ったり修正したりという作業もあるから、まだまだ時間はかかるみたい。
「うん。すぐにわかるよ」
下手なことを言ったら玲様に何かを感づかれちゃいそうだ。僕は短く答えてすぐに湊さんに話を譲った。
「へへ、例のものの準備ができやしたぜ」
「なによその悪徳商人みたいな喋り方は」
「マンガ家なのにノリが悪いなぁ。まぁ見てみてよ」
湊さんは僕からバッグを受け取って、ごそごそと中身を探る。なんて言ったって四つもコスプレが入ってるんだけど見せていいのは一つだけだから慎重にしないと。
引っかかって別の衣装が出てこないようにゆっくりと取り出す。その衣装を見て、玲様の顔色がくもった。
「私の注文と違うんだけど」
「あれはさすがにアウトでしょ。駆逐艦の擬人化したやつは露出が多すぎるって」
「直なら大丈夫よ」
駆逐艦、と聞いてパソコンの画面を思い出す。湊さんといろいろなキャラクターを見ていた中にそんなのがいた気がする。丈の短いスカートからパンツの紐が見えていた。イラストだからってあれは大丈夫なのか僕でも心配になるレベルだった。あんなの着せるつもりだったの?
「いったい何が大丈夫なの」
前に海に行ったときにも話したけど、僕はこう見えても遥華姉に鍛えられてるおかげで結構男らしくなっているはずだ。今回のコスプレもノースリーブにミニスカート丈のワンピースは結構な冒険だと思う。
「似合うと思うわよ。なんて言ったって私の直なんだから」
「少しくらい僕を疑った方がいいと思うよ」
「まぁまぁとりあえず着替えてきてよ」
衣装合わせは終わっている。着替えも特に問題ない。手伝いましょう、と言って隣の部屋に入ってきた莫耶さんを追い出して、さっさと着替える。いつ誰の乱入があってもおかしくなかった。怖いところだなぁ、玲様の家。
「はい、こんな感じだよ」
「嫌に冷静じゃない。でも悪くないわね」
「今までさんざん着せ替えしてきたのに覚えてないの?」
やっぱり腕とか脚は結構いい形をしていると思うんだけどな。どうやら二人にはちょっと筋肉質な女の子くらいにしか見えないらしい。もっと筋トレしようかな、なんて考えてしまう。
「露出は控えめだけど、出るところは出てて悪くない。そう言えばシスター服って着せたことなかったわね。今度用意しておくわ」
「しないでいいよ、そんなの」
ただでさえ玲様の僕用コスプレ衣装は溜まりに溜まっている。一度僕の部屋に預けようとしたけど断ったくらいだ。今は市内の貸し倉庫に押し込んでいるらしい。さらに湊さんに作らせたりして、これ以上溜めてどうするつもりなんだろう。
「まだ小道具が揃ってないけどね。ちょっとそっちの方が専門の友達にお願いしようかな」
「必要ならお代はちゃんとするわ。当たってみて」
「湊さんも玲様もこだわるね」
「当たり前よ。直の晴れ舞台なんだから」
「いったい何をさせるつもりなのさ?」
まぁなんとなくは湊さんから話を聞いてるんだけど、玲様の妄想ではいったいどうなってるのか聞いてみたい。僕が目立つのは夕陽ヶ丘の中だからであって、イベントなんて行ったら、もっと美人のコスプレイヤーさんがいっぱいいそうだ。
「もちろん売り子をしてもらうのよ。直ならきっと会場で一番目立つわ」
「そんなことないと思うけどなぁ」
それにマンガはオリジナルなのに、売り子はゲームのコスプレじゃ全然違うと思うんだけど。玲様はそんなこと全然気にしてないみたいで、僕の姿を見ながらにやついた顔で本が売れていく想像をしているみたい。大丈夫かなぁ。
「さて、それじゃそろそろ次にいこうか」
玲様と同じくらい顔がにやけている湊さんがまたバッグを探る。ここから先は僕たちしか知らない話だ。
「次って何よ? もしかして二つも作ったの?」
「二つ? いやいや、何人いると思ってるの?」
湊さんがバッグから出したのはまだ完全じゃない黒い服。僕がよく着せられているような黒のゴシックロリータだ。しかもキャラが吸血鬼という設定だから、いろんなところに十字架が描かれていて厨二テイストも増量されている。
「一応聞くわ。それ、誰が着るの?」
「このサイズに合う人は一人しかいないでしょ」
「直だってそんなに身長は変わらないじゃない」
玲様もさすがに気がついたみたいだ。立ち上がってすぐに逃げ出す。でも入り口はすでに莫耶さんで塞がれていた。
「ちょっと莫耶、何するのよ。裏切り者!」
「せっかくご友人が用意してくださったんですから無下にしてはいけませんよ」
「私はそんなもの頼んだ覚えはないわよ!」
嫌がる玲様を捕まえて僕が着替えた部屋へと連れ込まれる。その手に湊さんがそっと衣装を手渡した。
玲様のコスプレを見るのは初めてだ。なんだか僕は自分の今の状態なんて忘れて、心が躍っていた。
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