夏の砂浜は水着で視線を独り占めしてⅩ
旅館を抜け出して外に出ると、満天の星空と大きな月で肝試しよりもお月見日和のように感じた。それでも旅館の裏手から合宿所の方へと歩いていると、海から森へと雰囲気が変わり、木々に遮られて月明かりも頼りなくなってくる。
遥華姉から教えてもらった肝試しルートのちょうど折り返し地点である神社の参道の脇に僕たちは身を潜めていた。
「ちゃんと通ってくれるかな?」
「通らなかったら困るわよ。せっかく準備したのに」
大きな白いシーツに穴を開けただけのお化けに、赤のペンライト。頼りない装備だけど急造にしては悪くないはずだ。
ルールとしてはくじ引きで引いた二人組がこの道を上がっていって神社の境内に置いてある木の札を持ってスタート地点に戻る、というものだ。これも精神を鍛える合宿の一環、ということになっているらしい。顧問の先生の言い訳もなかなか堂に入っている。
「どうする? 全員驚かせちゃう?」
「それも面白そうだけど、遥華の前にバレちゃわないかしら」
「遥華姉は来たらすぐわかりそうだけど」
この暗い中でも遥華姉の存在感は群を抜いている。あの砂浜でもすぐに見つかるくらいなんだから二人組が歩いてくるだけの状態でわからないはずがない。妙な威圧感をいつも放っているし。
そうこう言っているうちに一組目がやってくる。男女二人組。結構余裕があるみたいで、楽しそうに話しながら楽々と参道を上がっていく。夜の神社が怖いことには違いないけど、もう高校生だ。気にならない人はこんなものだろう。
それに剣道部なんて多かれ少なかれ強さに対して何か考えを持っている場合が多い。もし内心ではお化けに怯えていても、顔に出すなんて絶対嫌だと思っているのかも。
「男女二人組ね。これは驚かせたらラブコメが始まらないかしら?」
「恋のキューピッド役ってちょっといいよね」
二組目、三組目を見送っていきながら、遥華姉を待つ。もしかしてマネージャーは不参加とかありえるのかな。
「そろそろ飽きてきたわね」
「まだ本番まで来てないよ」
はぁ、と初々しく距離感を測っている二人組を見送って、玲様は溜息をついた。あのくらいの距離感を保つつもりは少しもないらしく、薄着の体をシーツをかぶって準備している僕に預けてくる。
なんだかお昼の水着姿を思い出してしまって、顔が熱くなってくる。変装しているおかげでバレなくて済んでよかった。
「あ、来たんじゃない?」
僕の動揺に気がつかないまま、湊さんが道の方を指差した。懐中電灯の光が見える。その奥の姿はまだはっきりとはしないけど、確かに遥華姉っぽい気がする。
僕はしっかりと茂みに身を隠してスタンバイ。湊さんがペンライトを折って、赤い光を手で隠す。
「いい? 失敗なんてしないでよ」
「わかってるって」
チャンスは一回。失敗したら、それはそれで楽しい思い出にできるかもしれないけど、せっかくなら遥華姉の驚く顔が見たい。
近づいてきた二人組に見えるように湊さんが赤いペンライトをふよふよと振りながらゆっくりと歩いていく。その光に意識が奪われたところに勢いよく僕が茂みから立ち上がった。
「ばぁ!」
「きゃー!」
もうちょっと風情のあるセリフはなかったのかな、僕も。それでも効果は絶大だったみたいで、女の子が走って参道を駆け下りていく。そして、僕の目の前にはその背中を冷静な顔で見送っている遥華姉の姿があった。
「なにしてるの、ナオ?」
「あれ? 遥華姉は驚かなかったの?」
あんなに怖いのが苦手だったのに。今日だってお昼に弱音を吐いていたくらいだから急に大丈夫になったってことはないだろう。確かにこの変装はチープだけど、三流ホラー映画だってダメなのに。
「って、なんで僕ってわかるの!?」
今は白いシーツで全身を隠しているはずなのに。
「気配でだいたいわかるよ。ナオって独特な雰囲気があるし」
「いや、それわかるのってたぶん遥華姉だけだよ」
野生動物は嗅覚や聴覚で敵や味方を判断できるっていうけど、そんな感じなのかな。遥華姉はもういろいろと僕たちとは違うステージにあるな。
「じゃあなんでホラー映画とかはダメなの?」
「だってあれって本物のお化けって設定でしょ?」
じゃあ設定だってわかってるんじゃない。最近のお化け屋敷はよりリアリティを出すために人間が特殊メイクをして驚かせてるっていうのに、人形やCGの方が怖いっていう珍しいタイプも世の中にはいるのか。
「なによ、全然平気なんじゃない」
「やっぱり遥華さんは最強ですね」
茂みの中に隠れていた玲様と湊さんも姿を現す。せっかくここまで準備したのに、と玲様は不満そうだ。
「あ、じゃあやっぱりさっきのお嬢様だったの?」
「何の話?」
「さっき茂みの中に長い黒髪の女の子が立っててね、遠かったし、気配もよくわからなかったから見間違いかと思ったんだけど」
「私はずっとここで遥華を待ってたわよ?」
僕たちはこの怖い中、こうやってじっと暗がりで待っていたのだ。どこかに一人で行ったってことはない。
「じゃあ、さっきのって」
「本物の幽霊?」
ぽん、っと手を叩いて、湊さんが無邪気に言った。それだけで僕たちの顔から血の気が引いた。
「きゃー!」
今度は目標だった遥華姉の悲鳴が聞こえる。でも玲様と僕の悲鳴も重なってよく聞こえなかった。
全力で参道を駆け下りた僕たちは剣道部のみんなと合流して、僕の姿を見た部員たちの阿鼻叫喚が繰り広げられたのだった。
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