ダンスのリズムは体中に響き渡ってⅩ
玲様の初めての同人イベントも一週間後に迫っていた。やっとバイトにも顔を出せるようになって朱鷺子さんも安心して笑ってくれている。
「やっぱり直くんがいるとお店に華があるわね」
「玲様や眞希菜さんがいるじゃないですか」
「やっぱりアイドルに間違われる人はオーラが違うわね」
朱鷺子さんは僕の反論を軽く受け流して笑っている。そんなものなくったっていいのになぁ。それにここでは女装もしてないし、普通に接客しているだけなんだけど。
「どうでもいいが、変なのに絡まれるなよ」
「大丈夫だよ、僕だってそれなりに強いんだから」
それに僕に何かあったら遥華姉が怒って何をしでかすかわからない。無事でいないと僕に絡んだ人の命が危ない。
「あとは玲ちゃんのイベントね。成功しそう?」
「マンガはちゃんとできたみたいですけど、結局見せてくれないんですよね」
本になったものは直接印刷会社さんがイベント会場まで運んでくれるらしい。でもちゃんとチェック用のサンプルはもらっているはずだ。でも玲様は全然それを見せてくれない。本番になれば見せてくれるって約束だけど、一週間なんてなかなか待ちきれないよ。
「楽しそうでいいわねぇ。私もあと十年若かったら」
「サバ読んでないで働いてくれよ、オーナー」
「ちょっと! ねぇ、直くん。眞希菜ちゃんがいじめるの。ひどいわよね」
「ははは」
CMのお仕事もやりがいがあったけど、こっちのレストランはやっぱり楽しい。朱鷺子さんや眞希菜さんは僕の仕事をまるで映画でも見るように楽しんでいる。ここの仕事もある意味撮影や演技に近いのかもしれない。
「こんばんは」
「いらっしゃいませ。って湊さん?」
「そうだよー。あ、まだラストオーダーに間に合うならパフェ一つお願い」
お客さんはもうみんな帰っちゃったけど、まだラストオーダーまでは五分くらい時間がある。ちょっとくらい過ぎてたとしても湊さんなら作ってもらえそうだ。
「お店に来るなんて珍しいね」
「まぁ、パフェが食べたくなったっていうのもあるんだけど。ようやくブツが届いたからいち早く直くんに連絡したくて」
「それってもしかして?」
ずっと読みたくてしかたなかった玲様の同人誌が読めるのかな?
「これこれ。サイズは合ってると思うんだけど、確認したくて」
大きな箱から黒いレールみたいなものが出てきた。全部で八つある。湊さんはパフェの完成を待ちながら、それを組み合わせている。鉄か何かの金属でできていると思っていたんだけど軽々と持ち上げているから軽い素材みたいだ。
組み上がったのは大きな輪っか。大きさですぐにイメージと結びつかなかったけど、これは手錠のデザインだ。
「これってあのコスプレのやつ? 本当に作ったの?」
「発泡スチロールだけどね。やっぱり塗りがうまいと本物に見えるよね」
「え、これで発泡スチロールなの?」
びっくりしながら湊さんの手から手錠を受け取った。確かに軽い。見た目は金属にしか見えないのに、どう見てもプロの仕事だ。それに分解して持ち運べるなんて、いくら湊さんの熱意があるっていってもいきなりこれを作るのは無理だ。
これをあのキャラクターは腰に巻いていた。浮き輪をつけるように体に通すと、サイズもぴったりだ。大きくて落ちることもなく、小さくて窮屈でもない。
「そうだよ。プロの技ってすごいよねー」
「プロ、ってことはやっぱり湊さんが作ったんじゃないんだ」
「当たり前だよ。カワハの人に作ってもらったんだ」
「え、それってCM撮った会社だよね?」
音楽メーカーだっていうのは僕も知っている。でも楽器とこの手錠にいったいどんな関係があるって言うんだろう?
「カワハって楽器以外もバイクとか作ってるでしょ。人が作れるものは俺にも作れる、が社訓なんだよ」
「それで作ってもらったの?」
そんな大企業が高校生の遊びに付き合ってくれるなんて普通は考えられない。それがいくら昔からの付き合いがある相手でもだ。
「あ、ヨーヨーもブーツも作ってもらったから。これで完璧だよ。玲とか遥華さんの分もね」
「そんなに作ってもらえるなんて。どのくらいお金がかかるんだろ」
「お金ならこっちがもらったよ。あ、月末に振り込みだから、それから直くんには渡すね」
「え?」
なんで僕はすっかり忘れてたんだろう。同い年の湊さんが知り合いとはいえ契約の話を全部とりしきっているなんておかしな話だ。本当はCM撮影の話なんてすぐに終わっていたのだ。
「僕をダシにして小道具作りを交渉したんでしょ」
「さすがに私一人じゃ作れそうもなかったからね」
「よく僕だけでこれだけのものを作ってもらえたよ」
あんまり自覚しないようにしていたけど、もしかして、僕ってダンスの才能があるんだろうか。
才能っていうのは、僕にとってイコール遥華姉のことだ。
圧倒的な強さ、見るものを惹きつけるほどの動き、揺るがない心。
そういうものが僕にもあるんだろうか。誰もが手放しに褒めてくれることなんてなかなかないから、ちょっと調子に乗っているだけかも。
「パフェできたぞ!」
「はーい。今行きまーす」
眞希菜さんに呼ばれて厨房へと向かう。
「お前、何つけてんだ」
パフェを出した眞希菜さんに睨まれる。あまりにもぴったりだからすっかり忘れていた。
「あ、これ今度のコスプレの小道具らしくて、これを見せに来たみたい」
「仕事中に遊んでんな!」
「へぇ、手錠の形のアクセサリー? 直くんを逮捕しちゃうぞー」
「オーナーも怒ってくれよ」
眞希菜さんは大きな溜息をついて、それ以上何も言わずに明日の仕込みに戻っていく。やっぱりお仕事は難しい。ちょっとした油断がミスにつながるのだ。
パフェをひっくり返さないように注意しながら、僕は腰につけたままの軽い手錠にお仕事の責任の重みを感じていた。
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