探偵はお供にあんぱんと牛乳を連れてⅣ

「あら、ここで解散みたいね」


 こっそり胸元に手を当てていた僕の方を誰も見ていないでくれたみたいだった。玲様が言ったことを確認するために僕は顔をあげる。どうやら寄り道の目的地は本当にこの洋菓子店だったみたいで、お店から出るなりその場で解散となっていた。


 デートどころか友達にしてもちょっと味気ない。

 徒歩圏内とはいえ田舎者の僕たちが市街まで出てくれば、いろいろ回りたくなってしまうものだ。友達と来ているならなおさらだろう。


 僕はアルバイトで出てくるし、玲様はすぐに車を出してもらえるから例外としても、本屋、ゲームセンター、カラオケ。なんでも行く場所はある。それを雑誌で紹介されていたとはいえ、あっという間に現地解散は僕の目から見てもちょっと変な気がする。


「そんなに仲良くないのかしら?」


「仲良くなかったら一緒にここまで来ないと思うよ」


「つまり、まだあるってことね」


 わかった、というように玲様が口元に手を当てた。こういうときの玲様って当たるときも当たらないときもあるから、あんまり信用ならない気がする。


「それってどういうこと?」


「明日は休みよ。楽しみにとってあるのよ」


 それなら一日で済ませちゃった方がいいんじゃないの、っていうのは面倒くさがりの僕の考え方だ。なにかと理由をつけて会いに行く、それもおかしなことじゃない。だとしたら遥華姉とあの男はかなりの仲ってことになるんじゃ。


 もうなんなんだろう、さっきから。なんでこんなにも僕が悩まないといけないんだ。別に遥華姉が誰といようと僕には口出しできないことなのに。


「意外と、まいってるみたいね」


「私もちょっと不安になっちゃうかなぁ」


 僕の百面相を見ながら、玲様と湊さんはそう漏らした。別にそんなんじゃないはずなのに、どうしてそんな顔をするんだろう。


「あの人、どんな人なのか玲様なら調べられる?」


「できなくはないでしょうね。でもやらないわ」


「どうして!?」


 僕のお願いよりも先に玲様のお断りが入る。そりゃ予想はついていただろうけど、それにしたって早すぎる。たまには僕のお願いだって聞いてほしい。


「面白くないからよ。嫉妬する姿っていうのもなかなかストーリーには必要な要素だと思わない?」


「誰が嫉妬してるの?」


 は? って顔で玲様は僕を見た。周りを見ると、湊さんも。ついでに干将さんも莫耶さんもは? って顔をしている。ここまで絵に描いたように同じ顔をされると、僕まで合わせなくちゃいけないような妙な使命感に駆られてしまいそうだ。


 いや、そうじゃなくて。


「僕が嫉妬してるの? あの男に?」


「だって直くん。普段『あの男』なんて言わないよ。男の子、でしょ」


 そう言われればそうかもしれない。少なくともそんなに面識のない人をあの男呼ばわりは確かに失礼な話だ。いつの間にそんな口の利き方になったの、って、遥華姉に怒られてしまう。


「直が嫉妬してるなんて面白いじゃない。でも直自身が調べたいっていうなら協力してあげてもいいわ」


「面白がらないでよ」


「もう帰るみたいだし、今日はここまでね。明日の用事を遥華に聞いておきなさい。たぶん友達と出かける、って言うわ。そうしたら明日朝に家に来ること。いいわね?」


 なんかまた玲様の新しい変なスイッチを見てしまった気がする。

 マンガだけじゃなくて自分がやりたいと思ったことにまっすぐな玲様だけど、今日はなんだかいつもとちょっとだけ違う気がするのだ。その正体が何なのか、僕にはまだわからない。そもそも自分の気持ちにすらいい表現が見つかっていないのだ。他人の心の中を表現するなんて無理な話だろう。


 一番近くにいた遥華姉の気持ちも、最近一番近くにいる玲様の気持ちも、そしてずっとここにある自分のものさえも僕にはよくわからないのだ。


「わかったよ」


「今日は私のところまで来てくれてよかったわ。ちゃんと私の目の届く場所にいなさい。直は私のものなんだから」


 玲様だって人のことは言えないよ。そう言うつもりだったのに言えなかった。なんでそんなに複雑そうな顔をしてるんだろう。そんな顔されたら、何も言えなくなってしまう。


 そのまま僕たちも現地解散ということになってそれぞれ家に戻っていった。いつもなら車に乗っていくか聞くはずの玲様も今日は言わなかった。僕は遥華姉をどう思っているんだろう。玲様のことは? そんなことを考えているうちに家に着いてしまって答えは出なかった。

 もう練習する気なんて全然起きないまま、僕は制服も着替えずに部屋の中に倒れこんだ。


 その日の夜、どうやって聞こうかと迷ったまま、僕は携帯電話を無意味に持ってやっぱり畳の上を転がるばかりだった。これで『明日はデートです』なんて帰ってきたら僕はもうどうしていいのか本当にわからなくなりそうだ。


 そう思っていると、僕の部屋のふすまが叩かれる。そして入ってきたのはまさに連絡しようとしていた遥華姉だった。


「忙しかった、ってことはなさそうだね」


「うん。明日は休みだしね」


 そりゃもう夏休みの宿題を早めに渡されて、その多さにびっくりしてはいるんだけど、すぐにそれに手をつけるほど僕も真面目じゃない。それに今は勉強なんて全然手に付きそうな気すらしないし。


 遥華姉はというと、なんだかちょっと緊張した顔をして、開けた襖から入ってこないまま、廊下でためらっている。いったい何を、と思って立ち上がると、そこにはこじゃれたおしゃれな女の子がもじもじと体を揺らしながら立っていた。

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