アイドルは画面の向こうできらめいてⅥ

「ただいまー」


「ナオ、なんで私も呼んでくれなかったの?」


 ダンスとバイトを終えて帰ってくると同時に遥華姉が僕に突撃してくる。お迎えは嬉しいんだけど、そんなに頬を膨らませてこなくてもいいのに。


「遥華姉は部活だったんでしょ。それに僕だって急に呼ばれたし」


「そりゃ部活はサボれないけど。お嬢様から動画が送られてきたから何かと思ったんだから」


「もう編集終わったんだ。早いなぁ」


 ってことは僕のダンスがもうネットの中に放り込まれてるってことだ。後で見ておこうかな。ちょっぴり怖いと思うのと同時に、少し楽しみでもある。普通の人は僕の姿を見てどう思うんだろうって。


「私も見たい! 動画じゃなくてライブで見たい!」


「今日は疲れたから今度にしてよ。また新しいダンス覚えてくるように言われちゃったし」


 昔は外に出るのだって嫌だったはずなのになぁ。今の僕は自分が自分じゃなくなる瞬間を楽しんでいるところがある。


 ネットに自分の動画をアップするなんて、昔の僕なら全力で拒否していたはずだ。


「玲様の悪影響かなぁ」


「どうしたの? また何かされた?」


「遥華姉の中では、僕が女装してダンスするのはその『何か』に含まれないの?」


 幼馴染がそんなことしてたら普通は心配してくれると思うんだけど。遥華姉からすると羨ましいということになるらしい。


「とりあえずあの動画は毎日見ないとね」


「恥ずかしいから周りの友達に言ったりしないでよ」


「お嬢様には悪いけど、宣伝はしないかな。同級生にいろいろ言われるのは嫌なんでしょ?」


 もう何度か学校で女装してるんだけど、僕は玲様のお付きの一人で玲様の遊びで女装させられていることになっている。


 まぁ、全然間違ってないんだけど、僕はお金持ちに逆らえないちょっとかわいそうな男の子ってことになってくれている。噂では僕の立場になって玲様に命令されたい男の子が一定数いるらしいけど、本当かなぁ?


「ねぇ、次の曲があるってことはまた撮影するんだよね?」


「たぶんね。三つは動画作るって言ってたから」


「じゃあ今度はちゃんと呼んでもらうようにしておかなきゃ」


「なんだかなぁ」


 ブレーキ役だった遥華姉もこうなると全然機能してくれない。結局三人とも見たいものは一緒なんだもんなぁ。


 遥華姉が不機嫌にならないように二曲目は早めに完成させよう、と僕は決意するのだった。


 ずっとバイトに入っていなかった玲様が今度はときどき僕の代わりに入ってくれるようになった。その分早くダンスを覚えろ、っていう無言のプレッシャーに感じてしまう。


「さてと、どこかいい練習場所はないかな?」


 学校の廊下をふらふらと歩きながら、頭の中で候補を考えてみる。ダンスは頭の中には入ってきたけど、やっぱり部屋の中だと狭すぎる。それに畳の上だと裸足だからちょっと感覚が違ってくるし。


 武術とダンスが一緒なら、履いている靴、立っている場所だけで重心も変わってくる。


「それを一瞬で判断できるのが達人って呼ばれる人たちなんだろうなぁ」


 僕にはまだまだ遠い世界だ。遥華姉もダンスすれば結構いい感じになるんじゃないかな? 遥華姉なら背も高いし、手足も長いからきっと見栄えもいいんだろうなぁ。


 道場も裸足だし、上履きか靴を履いて練習できる場所がいいな。できればタイルか板張りがいい。こだわりはじめるといくらでも要求は大きくなってくる。ちょっとだけ湊さんがコスプレにこだわる気持ちがわかってくる。


「あ、そうだ。あそこなら借りられるかな?」


 板張り、靴で入れる、それから人にバレない場所。全部の条件は揃ってる。問題は借りられるくらい暇なのかってことだけど、前に行ったときも暇だって言ってたし。


 そうと決まればまずは行ってみよう。断られたらそのとき考えればいいのだ。


 僕の足はまだちょっとトラウマの残るアーケードを抜けて、小さなビル群へと伸びていった。ショーウィンドウに飾られた純白のウェディングドレス。生涯一度しか着ないかもしれない女の子の憧れに僕は一度袖を通したことがある。自分でも何を言ってるのかわからないけど本当だ。


「こんにちはー」


 ここに来るときはいつもお客さんじゃないからちょっとだけ声も小さくなる。


「いらっしゃいませ。直くん、まだウェディングドレスが着たくなった?」


「なりません!」


 店頭に立っていた佐原先輩がニコニコと嬉しそうに声をかけてくれた。このブライダルショップの娘さんで、こうして放課後にはお店を手伝っている。湊さんのお友達、というか僕からすれば悪友で、前にブライダルショップのチラシのモデルを手伝わされたことがある。


「えー、残念だなぁ」


「残念がらないでください!」


 こんな感じで少しずつ増えている僕を女装させようとする困った人第四号なのだ。


「それじゃどうしたの? 一人で来るなんて珍しいよね」


「ちょっとお願いがあるんですけど、撮影スタジオって結構激しく動いても大丈夫ですか?」


「あぁ、例のダンスのやつね。いいよ。もしお客さん来たらどけてもらうけど」


 たぶん来ないし、と佐原先輩は笑っている。それってお店としてどうなんだろう。ブライダルショップって毎日お客さんが安定してくるわけじゃなさそうだから、きっと何かあるんだろうけど。


「佐原先輩も知ってるんですか?」


「もちろん。毎日見てるよー。直くんってモデルだけじゃなくてダンサーの才能もあるなんて羨ましいよ」


「僕は他の才能が欲しかったです」


 そりゃないよりはいいけど、僕としては剣道の才能の方が何倍も欲しかった。ないものねだりをしてもどうしようもないのはわかってるけどさ。

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