探偵はお供にあんぱんと牛乳を連れてⅡ

「ナニコレ?」


「尾行と言ったら名探偵でしょ。早く着替えて。遥華を追うわよ」


 思っていたものよりはずいぶんといいものだったけど、なんだか剣道の練習をするみたいでいやだなぁ。いや、本当は帰って練習する気だったんだけどさ。


「早く着替えてください。遥華様を見失ってしまいますよ」


「干将さんなら見失わないですよ」


 そう言ってもこの二人が僕の意見なんて聞いてくれるはずもない。早く諦めた方がいいことくらい今までの経験でよくわかっているのだ。

 僕はしかたなく空き教室を見つけて二人に見張りを頼んで受け取ったよれよれの着物に袖を通した。


「へぇ、なかなか似合うじゃない」


 着物と袴の上から二重回しと呼ばれる短めのコートを羽織って、頭にはチューリップハット。足元は靴下から足袋に履き替えた。あの名探偵の格好に間違いない。でももうすぐ夏本番だっていうのに、これは結構暑いかも。


「なんでこんな格好を」


「あら、女装の方がよかった? 女性の名探偵でいい衣装はあったかしら?」


「探してきましょうか?」


「いいです、探さなくて」


 真面目に答えた莫耶さんにすぐお断りを入れる。この人なら本当に探しに行きかねない。とにかく暑くてもいいから早く遥華姉を探しに行かないと。

 なんとなくわかっていたけど、当然のように用意された下駄を履かされて、僕はやっと学校から出る。ここまでやられるならおとなしく帰っておいた方がよかったのかもしれない。他の生徒が少ないことと、玲様のお遊びだろうと周りに思ってもらえるだけマシな方かな。


 校門を出て莫耶さんの案内で最短距離を歩いていく。街の方へ行くとは言っても歩いて帰りに寄り道する程度ならすぐの距離だ。僕はともかく玲様はちょっと嫌そうな顔が出てきているけど。


「それにしてもなんで急にこんな大正浪漫たいしょうろまん溢れる格好を選んだの?」


「そうね。特に書きたかったわけじゃないんだけど、そろそろ直に着せたいコスプレも大体ネタ切れになってきたのよね」


「別に無理して着せてくれなくていいよ」


 制服を着て普通に帰ってもいいじゃない。それに一応尾行ってバレちゃいけないものなんだけど、この格好じゃめちゃくちゃ目立つ。ただでさえ玲様も僕も人目を引く方なのに、片方がこんなコスプレをしていたら周囲の視線が痛い。

 もうだいたい慣れてきたけどさ。女装の方が視線が多い気がするのはなんとなくしゃくだ。


 結構遅れて学校を出たけど、さすがに追いかけていく側の方が早い。完璧なナビゲートがついているんだからなおさらだ。莫耶さんと同じスーツ姿の干将さんが待っているのが見えて、こちらに気付くと黙ったまま頷いた。


「あちらです」


「へぇ、思ったよりいい男じゃない」


 玲様は遥華姉の隣に歩いている男を見て、意外そうな声で言った。やっぱりそうだよね。同性の僕から見てもそうなんだから、女の子から見ればカッコいい以外の感想は期待できない。


「でも私の好みじゃないわね。もっと可愛らしさがないと」


「そうですね。あの方はメイド服もセーラー服も似合いませんね」


 そんな基準で男の子を判断するのは二人だけですよ。物陰に隠れながら二人の様子を観察する。どちらもそんなに緊張しているわけじゃなさそうだけど、並んだ二人にはちょっと距離があるし、会話が弾んでるって感じでもない。それほど仲がよさそうには見えなかった。


「あの男ってよく遥華と話してるの?」


「少なくとも僕は初めて見たよ」


 遥華姉のことを何でも知ってるわけじゃない。特に最近はすれ違う時間も多くなってきた。それでも遥華姉が男と一緒なら絶対に気付く。もしそうでなくてもこの狭くてすぐに情報が流れていくこの田舎で、隣の家の遥華姉に彼氏ができたらすぐにうちに噂が回ってくる。そうでなくても遥華姉は有名人なのだ。


「ふーん。まぁいいわ。ちょっと調べておきましょう」


「ありがたいけど、玲様もやっぱり心配?」


 意外と真剣に考えてくれていることにびっくりする。玲様にとっても遥華姉は大切な存在になってくれているんだと思うとちょっと嬉しい。


「まぁ、いきなり知らない男が出てきてっていうのは変でしょう? それにね」


「それに?」


「これはこれでマンガのネタになりそうじゃない? 絵の練習もだけどストーリーも練習しないといけないのよね」


 そんな理由で。確かにストーリーは周りにいる人をモデルにするといいっていうけどさ。

 そう考えると遥華姉ほどモデルにいい人物はいないかもしれない。強くてでも意外と可愛いところもあったりして、ファンタジーでも恋愛でも活躍してくれそうだ。


 それにしても着物に制服女子高生、それとスーツの大人二人っていうさっきから目立ってしょうがない僕たちなのに、遥華姉がこっちに気が付く気配はない。バレたところでどう言い訳するかなんて少しも思いつかないからいいことなんだけど、そんなに相手の男が気になっているんだろうか。


「それにしても直があんなに焦ってるから、と思ったのに遥華のこととはね」


「そんなに変かな?」


「言われてみれば直にとって大変なことなんてそんなに多くないものね」


 そんな言い方しなくったって。つい最近だって玲様に大変な思いをさせられたばっかりだよ。僕自身は平凡でまっ平らな人生を歩んでいるつもりだけど、僕の周りはそうもいかないみたいだ。


 でも僕も最近はそんな人たちに囲まれるのも悪くないと思っている。こうして大正時代みたいな服に身を包んで街を歩くのも、よくわからないトラブルに巻き込まれて大立ち回りをするのも。


「確かに僕の周りにはマンガのネタがいっぱいかもしれないな」


「何か言った?」


「ううん、なんでもない。ほら、遥華姉が行っちゃうよ」


 そんなこと玲様に言ったら密着取材がしたいとか言い出しそうだ。遥華姉はうんざりしちゃうだろうな。

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