ダンスのリズムは体中に響き渡ってⅦ

 午後にはどんどん暖かくなってきて、屋外ステージは観客がどんどん集まってきていた。並んだパイプイスはすでにいっぱいで、立ち見客もたくさん出てきている。ミスコンは文化祭の一番の華みたいでまだどんどん増えている。


「この中に出ていくのかぁ」


 ミスコンなのに一人だけ男が混じってるのに、誰も文句を言わないのは毎年恒例なんだろうか。


「そういえば直くんスカートは?」


「え、女子制服で出るの?」


「そりゃミスコンだし」


 そんなの聞いてないよ。もう何度も学校で着せられてるからそろそろ慣れてきたけど、観客の前で着るのかぁ。男と思われたまま女の子に混じるのとどっちが辛いかなぁ。


 結局僕に選択肢はなくて、こういうときにどうするかを決めるのは僕の持ち主の意思に任せられるんだけど。


「直様、忘れ物をお届けに参りました」


 莫耶さんがステージ脇の楽屋代わりのテントに入ってくる。その手にはしっかりと女子制服があった。


「玲様が手回し済ませてるパターンかぁ」


「最近の直様は心が強くなって残念です」


「成長してるんだから残念がらないでくださいよ」


 莫耶さんから制服を受け取って、更衣室に向かって着替えてくる。干将さんがしっかりと鍵を開けてくれていた。準備がいい。


 楽屋のテントに戻ってくると、いよいよ観客はいっぱいで早く、と開始を急かすコールも始まっていた。


「そういえば玲様は?」


「もう真正面で待機してるよ」


「さっきはいなかったのに。場所取りしてもらってたのかなぁ」


 覗いてみると、確かにステージの最前列の真ん中に玲様の姿がある。でもあそこで待っていてもらえると、ちょっと安心できるかも。僕が女装しているときって、玲様は前にいることが多い気がする。


 写真を撮られたり、デッサンのモデルになったり、ダンスをしたり。


 玲様は僕のことを人形だって言うけど、その通りで僕から見れば一番の観客なのかもしれない。


 遥華姉は僕の隣や先をいつも歩いているけど、玲様は前にいて僕を見つめているのだ。


「そろそろ本番でーす。よろしくお願いします」


 実行委員さんに呼ばれてステージへ上がる。それと同時に大きな歓声が沸き起こった。今年の一年生で一番かわいい子を選ぶのだ。盛り上がる気持ちはわからないでもない。一人異物が混じってるんだけど、そんなことは誰も気にしていないみたいだ。


「さて、今年もやってまいりました新入生ヒロインを決めるヒロイン選挙。ファイナリストの十人が揃いました!」


「うおおお!」


 雄叫びに近い歓声がさらに増えてくる。宮古先輩が分裂したみたいで恐ろしくさえ感じてしまう。遥華姉じゃなくても辞退したくなるよ。


「それではファイナリストのみなさんに自己紹介とアピールをしていただきましょう!」


 やっぱりそうなるよね。別に投票してほしいわけじゃないからアピールする必要はないんだけどさ。


 そういえば、前に日本史の先生が演歌っていうのは元々は選挙で自分に投票しないでほしいことを歌ったのが始まりだって言っていた。歴史上の偉人とじゃ比べられないけど、立候補してないのに選ばれるのは大変だ。


「さてさてお次はー」


「九番、小山内直です」


 小さく頭を下げると、それだけで歓声が上がる。もう叫ぶことの方が楽しくなってるんじゃないかと思えてくる。


「えっと、特技は剣道です。家が道場をやってます。門下生募集中です!」


 何のアピールだよ、と笑いの混じったツッコミが飛んでくる。門下生の方は本当に欲しいから冗談じゃないんだけど。


「それとー?」


 司会の実行委員さんが割り込んでくる。いや、剣道が特技で間違ってないよ。インターハイに出る宮古先輩にだって勝ったんだから。とはいっても、期待されているのはそっちじゃないよね。


「最近はダンスも練習してます」


「というわけで、ミュージックスタート!」


「えぇぇぇ!?」


 そんなの打ち合わせでも聞いてない。慌てている僕をさらに焦らせるように観客席とステージ上から拍手が始まる。いまさら逃げ出しようもない。


 イントロは動画にした一曲目のアイドルソング。そういえばダンスを教えてもらってからはまだちゃんと踊ったことはなかったな。


「もう! しょうがないんだから」


 イントロの途中からポーズを決める。それだけでさらに拍手と歓声が大きくなる。まったくノリがいいんだから。でも今日は文化祭。お祭りだ。だったら僕だって流れを悪くしないようにしないと。


 前よりもバランスがよくなった。観客の視線も感じながら、同じように僕も視線を返す。カメラとは違う、こんなにたくさんの前でダンスを披露するなんて少し前の僕には絶対にできなかったことだ。


 そもそも小山内直の顔と名前を知っている人なんてほとんどいなかったはずなのに。今では誰もが知っている噂の一年生になってしまった。


 スピンを決める。さらに足を振り上げて、大きくジャンプすると、スカートの中に期待した甘い声が上がった。ちゃんとスパッツをはいている。最近はこれが基本になってしまった。動いても安心だしね。


 最後はしっかりとポーズを決めてフィニッシュ。ちょっとウインクしてみたりして。調子に乗りすぎたかな?

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