ダンスのリズムは体中に響き渡ってⅥ
文化祭の当日は秋晴れの快晴。保護者や他の学校の生徒もたくさん入っている。うちのクラスのモザイクアートは校門から入ってくると、一番最初に見える三年棟に飾られている。
美しい鳥の飛翔する姿と僕がモデルの着物の女性の二枚が並んでいる。場所もあいまってなんだか文化祭のメインテーマを描いているみたいになっている。
「壮観だねぇ」
「うん。ちょっと恥ずかしいけど」
一緒に登校してきた遥華姉が、モザイクアートを見上げながら微笑んでいる。僕がモデルだって言わなきゃわからないよね。変に気にしてたらそれこそ目立っちゃう。
「ナオは今日はどこを回るの?」
「午前は玲様の演劇を見に行って、遥華姉のクラスは創作ダンスだっけ?」
「私は出ないけどね」
遥華姉も出ればよかったのに。でも遥華姉はどうしても身長のせいで目立ってしまうから、本人が嫌がっちゃうのだ。かといってソロでダンスとなるとそれも恥ずかしがるから舞台に立たせるのは難しい。道場で練習してるときには試合場にすぐ上がってくれるのになぁ。
「じゃあ剣道部のたい焼き屋に行くから宮古先輩がいない時間を教えてよ」
「なんかナオのことつけてそうだからなぁ。お嬢様のところの黒服さんに捕まえてもらわないと」
そんな不審者みたいな、いやあの人は不審者で間違いないか。
「それで午後はミスコンかぁ」
「結局断らなかったのね」
「だって実行委員の人が泣いてお願い、って言うんだもん」
「あいかわらずナオは押しに弱いんだから。そこがナオらしいとは思うけど」
最近の周りの反応を見ていたら、玲様の動画を学校の人がたくさん見ているのはなんとなくわかっているし、それなら話題の人が出てくれるっていうのは盛り上がりに貢献できるはずだ。
僕は部活もやってないし、結局クラスの展示の手伝いもあんまりできなかったから。文化祭に何かしてあげられることがあればと思ったんだけど先走っちゃったかな。
「さすがにミス凪葉には選ばれないでしょ。きっと湊さんだよ」
「そうやって油断してるとまたとんでもないことに巻き込まれるよ?」
「ここ最近でとんでもなくないことになってくれたことがないよ」
僕が絡むときはどんなことでもいつの間にか話が大きくなっていくのだ。僕に才能があるとしたら大きな問題に巻き込まれることなのかも。でもそれってどっちかっていうと遥華姉の担当だったはずなんだけど。うーん、どっちのせいかわからないな。
いつもと違う雰囲気の校内を回ってから体育館に辿り着いた。いつもなら授業か部活、それから面倒な集会でしか使われないけど、今日はパイプイスが並べられて、壇上には幕がかかっている。
玲様のクラスの出番まであと五分。思ったよりも早く着いたからか、イスはあんまり埋まっていない。これなら特等席で見られそうだ。
「あ、ここ空いてる?」
「あ、湊さん。空いてるよ。でも久しぶりだね」
湊さんが僕の隣に座って、さっそく買ってきたらしいジュースを飲んでいる。最近放課後に顔を見なかったけど、特に変わった様子はない。今日僕に何かをやらせるために準備してたんじゃないかと警戒したけど、そんな雰囲気でもない。
「ちょっと忙しくてねー。遥華さんは?」
「遥華姉はこの後にクラスの創作ダンスがあるから裏方だって」
「そっかー。でもさっき干将さんがいたから演劇は撮っておいてくれるんじゃない?」
それなら安心かな。何かの拍子に莫耶さんが触らない限りは。あの人ボタン二つしかなくても間違った方しか押さないからなぁ。
「そういえば湊さんもファイナリストに選ばれてたね」
「うーん、まさかねぇ。一応出るけどさ」
まだ開演前なのに、次は買ってきたらしい焼きそばを開けている。朝からお腹空いてるのかな? 見ていると僕もお腹が空いてくる。後でたい焼き以外にも何か買ってこよう。
「っていうか直くん出るんだ。辞退したと思ってたのに」
「いや、頼まれたら断れなくて」
「直くんらしいねー」
「遥華姉にも似たようなこと言われたよ」
こういうときに断れないのは今に始まったことじゃない。それにもし僕がちゃんと断れる人間だったら、玲様とも湊さんとも出会えなかったってことだ。そう考えると、この性格も悪くないように思えてくる。
開始を告げる放送が流れる。幕が開いてお城の背景のシーンが始まる。玲様はいきなり中央できれいなドレスを着て立っていた。
いつもは二つにまとめている髪を流して、艶のある黒髪が淡いブルーのドレスに映える。玲様も着物が似合うかな、って思ってたけど、こういう服でも全然負けてない。やっぱり本物の美人は格が違うよ。
「あぁ、この愛を伝えるには何と言えばいいのでしょう? いえ、何も必要なんてないわ。ただ、黙っていれば心はきっと伝わるものよ」
玲様のセリフから舞台は動き出す。言葉で思いを伝えるのが苦手な玲様が言っていると、なんだか説得力がある。
言いたい放題言っているけど、玲様の気持ちは間違いなく僕たちに伝わっている。
「玲にぴったりの役だね」
「うん。口下手だけど優しくて、芯が強くて」
湊さんも同じことを考えていたみたいだ。
物語はシェイクスピアらしい終わりを迎えたけど、玲様の演技はばつぐんで、最後はスタンディングオベーションの万雷の拍手が鳴り響いていた。
「さて、次は私たちだね」
「そっかぁ。せっかく忘れてたのに」
午後には僕と湊さんがステージに上がる。ここじゃなくて校庭に設営された屋外ステージの方だけど。なんだか急に楽しさが冷え込んできた気がする。まずは遥華姉のクラスのダンスを見て、それから一緒にたい焼きを食べにいこう。
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