ダンスのリズムは体中に響き渡ってⅤ

「今までごめんね。今日からしっかり準備を手伝うから」


 すっかりクラス展示の準備に時間を使えていなかったけど、目の前の課題は一通り片付いた。もう制作も終盤だとは思うけど、クラスの一員として頑張らなきゃ。


 そう思っていたのに、クラスメイトの反応はちょっぴり寂しいものだった。


「あ、いや、小山内くんは忙しそうだし、無理しなくていいよ」


「そうそう。完成は見えてきてるし、中条先輩の頼まれごとがあればそっちを優先していいから」


「そのあたりは全部片付けてきたから大丈夫。それにもう一つ作品作ってるんでしょ? 大変だよね」


「え、なんでもう一つ作ってるって知ってるの?」


「だって、途中でやっぱり材料のパックが足りないって言ってたから」


 あまり手伝っていない僕から見てもあの大きな絵を完成させるだけのモザイク用のチラシやパックの紙片はたくさんあった。それでも足りないってことは一枚じゃなくて二枚作ることになったからだ。


 それに下書き担当の美術部員さんがいつも忙しそうにしていたから、部活との両立で大変なんだってのは伝わってきていたし。自分のことばかりやっていたのが恥ずかしい。


「いやいや、作品はこれだけだよ?」


「そうそう。小山内くんは忙しかったんだし、無理せず休んでていいよ」


 うーん、なんか怪しい。優しさは嬉しいんだけど、それ以上に僕をここから遠ざけようとしているように感じる。そりゃかなり迷惑をかけたけど、それにしたってちょっと疎外感を感じてしまう。


「おーい、下書き完成したからちょっと見に来て!」


 美術部員の女の子が教室に駆け込んでくる。何か嬉しいことがあったみたいで、秋が深まってきたのに、顔に汗が浮かんでいる。


「あ、バカ!」


「あれ、小山内くんって今ダンスの練習に行ってるんじゃ?」


「昨日で一度終わったんだよ」


「そ、そうなんだぁ、あ、はは」


 さっきまでの表情が一転して、乾いた笑いを浮かべている。下書き、っていうのはモザイクアートのことだろう。二枚目なんてない、って言ってたのに。


「その下書きってどこにあるの?」


「ひ、秘密!」


 秘密って言ったら隠してたのがバレバレだ。嘘が下手なのは助かるけど、わざわざ僕に隠してたってことは、ちょっと嫌な予感がする。


 観念したクラスメイトを連れて、僕は美術室の方へと向かった。クラス展示をわざわざ特別教室で作る理由はない。美術部の展示作品の中にひときわ大きな布が一枚。クラスで作っているモザイクアートのものと同じだ。


「これって、僕?」


 そこに黒く引かれた線が描いている図形。着物の女性が踊っているように見えるその姿に僕は見覚えがあった。デザインもポーズも僕が最後に踊ったダンスのワンシーン。よく見ると髪型も顔も僕に似ていた。


「バレちゃった。当日まで秘密のつもりだったのに」


「やっちゃったなぁ。驚かせようと思ったのに」


「もう十分驚いてるよ」


 僕がイラストになっているのも驚きだけど、今からもう一枚作ろうっていう強行日程にも驚きだよ。きれいにポーズを決めた僕が校内に張り出されると思うとちょっと恥ずかしい。


「なんで僕を描こうと思ったのさ」


「そりゃあんなもの見せられたら誰だって描きたくなるよ。私だってそうする」


 そう言われて見てみると、美術部の展示用作品にも着物やきらびやかな衣装の姿がたくさんある。僕のダンス動画からインスピレーションを受けて作られたものが多いみたい。


「それにしても秘密にしなくても」


「こういうのはサプライズだから意味があるんだって」


「小山内くんはあんまりクラスにいられないから、こういうことで距離を近づけようかなって。ほら、中条先輩のお世話もあるだろうし」


 お世話、っていうのは僕がお付きや執事だと勘違いされてるからなんだけど、まぁお世話してるっていうのは間違いじゃないかな。


「そういうわけだから、こっちはわたしたちだけでやるから」


「え、でも僕何にもしてないよ?」


「いいの、いいの。それよりダンスの練習ってことはまた動画がアップされるんだよね? 楽しみにしてるから」


 なんか本当に遥華姉の言う通り、アイドルみたいな扱いになってしまっている。言葉の端々に玲様の名前が出るあたり、やっぱり中条の影響力は学校でも十分発揮されている。


「でも、一枚目の方もちょっと作業は残ってるんだよね? 僕はそっちをやるよ」


「それならこっちに人を回せるし、お願いしようかな」


 少しくらいは手伝わないと、クラスの一員だって感じがなくなっちゃう。文化祭だって大切なイベントなんだから。


 うーん、それにしてもみんなあのダンス動画を見てるんだなぁ。一応三本でとりあえず終わりってことになっているけど、そう言われると次もやらなきゃって気持ちになる。


 せっかくちゃんとダンスも習ったし、もう一曲くらいやってもいいのかな。僕からやるって言いだしたら遥華姉が驚きそうだ。


 文化祭はもう目の前に迫っている。僕のモザイクアートに、遥華姉のたい焼き屋、それから玲様の演劇。楽しみなことはたくさん待っている。


 そういえば最近湊さんを見ていない。CMの話を仲介してくれてるのは知ってるけど、さすがに内容にまでは口出ししないだろうし。それなのに最近放課後に姿を見てないんだよね。ちょっと心配だけど、学校には来てるから大丈夫かな?


 少しずつ日が短くなって、準備を終えるとすっかり暗くなっていた。鳥のモザイクアートの方はもうほとんど完成している。今考えると、やっぱりこの桜吹雪は僕の動画を見て思いついたんだろう。これを見て同じように僕のことを思い出す人はどのくらいいるのかな?


「あ、ナオ。ちょっとこっち来て」


 そろそろ帰ろうかと思っていたところに、遥華姉と出くわした。別に警戒することもないんだけど、今日はあの絵を見たせいで何かありそうと思ってしまう。


「何かあったの?」


「校舎前に張り出されてるから、ミス凪葉ファイナリスト」


「え、まさか」


 遥華姉に誘われるままに掲示板を見に行く。残っているのは全部で十人。その中には湊さんと僕の名前が書かれていた。


「何で誰も問題視しないの?」


 うちの学校はちょっと間違ってると思う。

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