探偵はお供にあんぱんと牛乳を連れてⅥ

 着替えを済ませて外で待っていた玲様に顔を出す。もうなんかいろいろとどうでもよくなってくる。この状況に比べれば遥華姉が男の子と出かけるなんて些細なことのように思えてくる。


「やっぱり似合うわね。さすが私の直だわ」


「やっぱりってなんなの……」


 お嬢様校らしいシンプルなデザインのセーラーワンピース。腰の辺りのベルトを締めることでちゃんとくびれが出るようになっている。これだけでシルエットがきれいになって一気に野暮ったさがなくなるんだからファッションっていうのは難しい。


 それにしてもこの制服って僕が初めて玲様と会ったときに着ていたのと同じものってことだよね。それも同じデザインじゃなくてまさにそのもの。それを考えただけで顔が真っ赤になってきそうだ。


 前に着たうちの制服よりもスカートも長いし、ワンピースだから露出も少なくてあまり恥ずかしさがない。いや、女装しているという事実に対して恥ずかしくなくなっている自分が怖いんだけど。


「あとは、少しメイクはした方がいいわね」


「そこまでやるの?」


「当たり前じゃない。これから何をしに行くと思ってるのよ」


 今日も尾行するんじゃないの? そのつもりでここまで来たんだけど。そりゃ玲様の家に行くんだからこうなることは冷静に考えればわかっていたはずだ。それでもそこから先に何をやるかなんて考えていなかった。


 何をするの、と聞く間もなく、部屋に入ってきた莫耶さんに拘束される。どうやらメイク担当は莫耶さんがやってくれるらしい。電卓すら使えないくらいの機械音痴だけど、メイク道具は自分の指みたいに使えるんだから不思議なものだ。


「湊様ほど上手ではありませんが」


「いや、僕にそんな判断できないですから」


「直も自分でメイクくらいできるようになりなさいよ」


「そんな必要ないよ」


 玲様の方に向き直った僕の顔をすごい力で鏡に戻される。動くな、ってことですか。ちょっと痛いよ、莫耶さん。無駄口をたたくのも禁止され、僕の顔の上に知らないものが何層にもなって塗られていく。女の人は毎日こんなことをやっているんだから大変だよ。僕は朝顔を洗うだけで外に出られるんだから気楽なものだ。


 一時間近い時間をかけて改造に近いくらいの変わりようを経た僕の顔はもう自分のものじゃないみたいになっている。湊さんにやってもらったときもそうだけど、鏡に映る自分が自分じゃないように見えてくる。


「直様は元がいいのでメイクも簡単で助かります」


「そうなんですか?」


 かなり時間がかかってるし、元の顔が思い出せなくなりそうなくらい変わっているように思えるけど、二人から見るとそうでもないらしい。女の子はメイクすることに慣れてるからそう思うのかな。

 きれいに整えた顔になって女子高の制服まで着せられて、いったいこれから僕はどうなってしまうんだろうか。


「さて、これで準備は完了ね」


「本当に玲様は何をするつもりなの?」


「決まってるじゃない。あの男に接触するのよ」


「誰が?」


「直に決まってるでしょ」


 なんで決まってるの。しかもわざわざ女装までして。


「それなら玲様がやってくれればいいじゃない」


「私がやって何か危険があったら困るでしょ」


 僕だってこんな格好で外をうろついてることがバレたら社会的に超がつくほど危険なんだけど。ただでさえ遥華姉しか知らなかったこの状況がもう数人に拡大しているのだ。それも全員僕に女装させてくるっていうひどい惨劇だ。


 それに相手は一応うちの学校の三年生の男子生徒。僕の存在がバレて学校で言いふらされたりでもしたら転校も考えなきゃいけない。遥華姉の一番近くにいる僕が邪魔になることだって十分あり得るのだ。


「なにかあったら守ってあげるわ」


「じゃあ最初から送り込まないでよ」


 たぶん玲様はそれじゃ面白くない、なんて言ってごまかすのだろう。たとえ仲良くなったと言ってもやっぱり玲様は玲様で、僕は彼女のお人形なのだ。

 諦めのよくなった僕は抵抗をそこまでで諦めて、玲様の後について、周囲を警戒しながら道路へと出た。


 今日は車を出してもらうことで地元近くでこの姿を見られることはなかった。遥華姉が今どうしているかわからない、と思ったんだけど、それはどうやら僕だけらしい。車を駐車場に停めて迷いなく駅に併設されたバスターミナルへと向かうと、あの男が確かに待っていた。


 たぶんこのくらいの距離なら遥華姉は平気で歩いてしまえるからバスを待っているってことはない。そもそも田舎のバスは本数が少なすぎて使いにくいのだ。ということは待ち合わせに使っているんだろう。バスの待合室は空調も効いていて過ごしやすい。外から様子を窺っている僕たちにもその冷たい風を分けてほしいくらいだ。


「ここからどこかに行くのかな?」


「可能性は高いわね。乗った先だけ確認すればいいわ」


「それだとどこで降りるかわからないんじゃ」


「もうあの男には発信機がついているから問題ないわ」


 いったいいつの間にそんなことを。だからここまで迷いなく来られたんだ。あんまりそういうことはしないタイプに見えたんだけどなぁ。もしかして知らないうちに僕にもそんなものがつけられたりしているんだろうか。

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