ウェディングドレスは無垢な純白で守られてⅢ
そろそろ遥華姉の部活も終わる時間が近づいてきている。宿題の方は一人でやるよりはちょっと進んだかなってくらいだ。湊さんも僕とそれほど成績は変わらないから教えてもらうってわけにもいかない。さくさくと進んでいくなら聞きやすいんだけど、どちらも同じように苦戦しているから完全に戦友だ。
「よし、今日はここまで。早く行こ!」
「まだちょっと早いけど、もういっか」
もう二人とも手は止まっている。これ以上粘ったところでもう一問も解ける気がしないから同じことだ。帰り支度をして、といっても問題集をカバンに放り込むだけですぐに準備は整って、学校へと向かった。
「どこに行くのかな? 楽しみだね」
「ちゃんと尾行できる?」
市街に行ったときも葛橋に行ったときも僕にはどうやら向いてないってことだけははっきりとわかった。今回はある意味プロの干将さんと莫耶さんがいないわけだから、すぐにバレちゃうかもしれない。
「平気平気。見つかったら私が適当にごまかしてあげるよ」
「ごまかす間もなくバレると思うよ」
こんな短期間に何度もやってるんだから。遥華姉自身はどうして自分がつけられているのか思い当たるところはあるのかな。でも全然警戒してない雰囲気もあるし、なにがなんだか全然だよ。きっと僕の知らないことがあるんだろう。いつか遥華姉から話してくれればいいけど。
学校に着くと、剣道部の他にもいくらかの部活が終わったみたいで、校門はそれなりに混み合っていた。これならなんとかバレずについていけるかな? と思っていると、すぐに遥華姉が出てくる。身を隠しながら行き先を窺っていると、うちとは逆の方向へと曲がった。やっぱりどこかに寄り道してるんだ。
「どこ行くのかな?」
「前みたいに洋菓子店とか?」
「お料理教室とか?」
どっちも市街に行かないとなさそうだ。でもあの道だとそうでもなさそうだし、いったいどこに、というかこっちって今僕たちが歩いてきた道、湊さんの家の方角なんだけど。
「うちに寄るつもりだったのかな?」
「でも連絡もなしに急に来る? 玲様じゃあるまいし」
「それもそっか」
遥華姉がそんな礼儀のないことをする姿が思い浮かばない。そりゃうちに来るときは突然だけど、それは長年の付き合いがあってのことだから他の家に同じようなことはしないだろう。だとしたら他に友達でもいるのかな。
「思ったよりも面白くなりそうだね」
「やっぱり勉強しないための口実だったんじゃない」
わかっていて断らなかったのも僕なんだけどさ。それにしてもどんどん遥華姉の知らないことが浮き上がってくる。本当に遠くに行ってしまいそうに感じて、今から追いかけて声をかけたくなる。
それをぐっと我慢して後ろをついていくと、遥華姉は途中で道を変えて、神社の裏手の方へと歩いていく。あの辺りと言えば、最近は僕にはめっきり縁遠くなった寂れたアーケードの方だった。
僕が変なところで心臓が強くなって市街にも女装で出かけられるようになってしまったし、遥華姉も玲様が来てからはあまり僕を女装させて連れて回るようなことがなくなった。よく考えると僕って何も成長してないんじゃないだろうか。
僕の予想通り遥華姉はアーケードの方へと足を向ける。でもそこが目的地じゃなかったみたいで、そのままシャッターが半分くらい閉まった中を見向きもせずに通り過ぎてしまった。こうなると本当に目的地がわからない。
アーケードを抜けた先もまだいくらかのお店は入っている。その中で遥華姉は一つのビルの前で足を止めた。
「あそこに入るのかな?」
「こっちの方もまだ結構お店ってあるんだねぇ」
アーケードですらあの状態なんだから、この辺りもお店があると言っても看板はあるけどお店は残ってないなんてこともたくさんある。湊さんの家の辺りはお店が潰れるなんてことめったにないからそんな感覚はあまりないのかもしれない。
お店の中に入っていった遥華姉に続いて、僕たちもお店に近づく。そのお店は。
「ブライダルショップ?」
「うわー、きれいなドレス」
ショーウィンドウには純白のドレス。それからベールやモデルさんの写真なんかが飾られている。最近は結婚式をしない人も増えているらしいけど、やっぱり人生の大きな転機なわけだし、こういうのに憧れる人も多いんだろうな。
「って、なんでブライダルショップ?」
まさか、遥華姉が結婚なんて。さすがにそんなことあるわけない。そんないろんなことをすっ飛ばしていきなり結婚だなんて。それに僕だって結構マンガを読んでいるのだ。こういうときは決まって勘違いで、上の階に違うお店が入っているのだ。そう思ってビルを見上げてみる。
「ここ、上はスタジオと倉庫とお店の人の家だよ」
「ってことは、ここに入ったってことは」
「このお店が目的地」
絶対変な誤解なんてしないって思ってたのに。でもそれなら何かこのお店に用事があったってことになる。最近結婚した人の話なんて聞かないし。
でも遥華姉だってもう十六歳だ。それって法律上は結婚できる年齢ってことになる。
「そういう憧れがあるのかな」
さらに深まった遥華姉の謎を考えながら、僕は自分とは遠い世界だと思っていたこの場所に不思議な力を感じていた。
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