夏の砂浜は水着で視線を独り占めしてⅩⅠ
肝試しの一件で僕たちが近くの旅館に泊まっていることは剣道部員全員の周知の事実となって、翌日からはいろんなイベントに一緒に参加させてもらえることになった。
剣道部員にとっては地元の小山内道場、そしてそこにいる生ける伝説小山内鉄海はまだまだしっかりと伝わっているらしい。遥華姉がいるっていうのもあるけど。
そして最後は一足早い現地解散ということになって、遥華姉は玲様の車に同乗して一緒に帰ることになった。合宿と言いつつも最後の旅行だからそれでちょうどいいのかもしれない。
運転席には干将さん。広々とした車内は一人増えたところで快適さは少しも変わることはない。
そういえば、結局宮古先輩は肝試しにもバーベキューにも参加していなかった。まだインターハイが残ってるわけだから、ここで思い出作りを、って気分じゃないのかもしれないけど、好きな女の子との距離を詰めるなら非日常のイベントこそ絶好のチャンスのはずなのに。
それに遥華姉は宮古先輩に気をつけろ、って言っていたけど、この旅行でも全然会うことはなかった。そもそも僕とこの間会ったときは僕は女装をしていたから、ろくに会ったことってないんだよね。
「ねぇ、遥華姉。インハイに出る人はずっと練習してたの?」
「うーん、そういう人もいるかな。別に強制参加じゃないし、道場は消灯まで開いてるから」
ということは宮古先輩はずっと練習していたんだろう。高校三年間の集大成だ。それでもおかしくはないんだけど、なんか遥華姉から入ってくる情報と行動に差がありすぎるような。
「別におかしくはないでしょ。たとえば最後の大会でいいところを見せたい相手がいるとか」
玲様がぼんやりとした顔でそう言った。三日間たっぷりはしゃいだおかげで玲様はさっきから寝ているのか起きているのかわからないまま隣に座っている僕の肩に体を預けている。
この旅行でなんだか距離感がすごく近づいた気がする。一緒に寝食を共にするっていうのはやっぱり心の距離を詰めるのに効果的なんだろう。だからこそ宮古先輩の行動が気になるんだけど。
「さっきからなんか近くない? 何かあったの?」
「何もないよ!」
そもそも何か起きる暇もなく玲様がやりたいと思ったことを全部実行しただけの話だ。僕のお人形としての責務は女装をして絵のモデルになることから、玲様にマンガのネタを提供することに変わりつつある。僕の周りは変わった人で溢れているから、あまり苦労がないだけいいかもしれない。
「あまり大声を出さないで。私は疲れてるのよ」
遊び疲れて寝ちゃうなんて本当に子どもみたいなんだから。かろうじて意識はあるみたいだけど、それもこのちょうどよく冷やされた空気の中では長く持たないかもしれない。
「もう。ナオはお嬢様に甘いんだから」
「じゃあ、遥華さんには私が甘えますねー」
そう言って湊さんが遥華姉の肩に寄りかかる。
「そういう意味じゃないんだけど。ま、いっか」
まだ夏休みは半分以上残っている。遥華姉の本心も宮古先輩のこともよくわからないけど、こういう楽しい時間が少しでも多くなるように僕もできることをやらないとな、なんてちょっと考えてしまう。
肩にかかる儚げな玲様の重さを感じながら、僕もゆっくりと目を閉じた。
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