ダンスのリズムは体中に響き渡ってⅢ

「それだけのために追いかけてきたんですか?」


「いやいや、まさか。今日は君に大切な用があったんだ」


「それ、僕にとってはどうでもいいことに決まってますよね」


「そう言わないで聞いてくれよ。実は今度の文化祭、剣道部での模擬店を何にしようか考えていたんだが」


 去年は確かたい焼き屋をやったんだっけ? 遥華姉が仲のいいアーケード商店街の人にお願いしてたい焼き型を借りてきていたような記憶がある。今年もそれでいいと思うんだけど、わざわざ僕のところに来るってことは。


「あの着物姿。素晴らしかった。ぜひ模擬店では着物を着た直くんが販売を、っふぅ!?」


 宮古先輩が僕の方に倒れ込んでくる。さっと身をかわすと、背中を蹴り飛ばしている玲様の姿があった。スカートから覗く白い脚にちょっと目を逸らす。


「私の直にちょっかいを出さないで。早く自分のクラスに戻りなさい」


「僕の背中を易々ととるとは、油断していたよ」


 そりゃそんなゆるみ切った顔をしてたらそうだろう。宮古先輩って結構校内でも人気があるはずなんだけど、僕のイメージはただの変態でしかない。


「まぁ、そういうわけだ。考えておいてくれよ」


「嫌ですよ。諦めてください」


 僕のきっぱりとした拒否をわかっているのかいないのか。ニコニコとした顔を崩さないまま去っていった。やっぱりあの人は苦手だ。また剣道で勝負して決めようなんて言い出さないといいけど。


「少し目を離すとこれなんだから。直は隙が多すぎるのよ」


「あの人が神出鬼没なだけだよ」


「やっぱりあの男は危険ね。一人見張りをつけた方がいいかもしれないわ」


 危険なことには同意するけど、さすがにそれはやり過ぎじゃないかな? それに暴走することが多いのは剣道部員もわかってるって話だ。たぶん僕が断らなくても周りが何とか抑えてくれるだろう。遥華姉もいるし。


「直ももっと気をつけなさいよ。学校やこの辺りは私が手を回しておくけど、有名人なんだからね」


「勝手に有名にした人に言われてもなぁ」


 ここまで盛り上がるとは玲様も思っていなかったんだろう。抑えていると言っても話題に出さないってだけで、みんなが気にしているのは間違いないのが伝わってきちゃうから。僕としてはやりにくくてかなわない。


「そういえば玲様はどうしたの? 休憩?」


「えぇ。声を出してるの喉が渇くのよね」


「演劇ってもう台本読んだりしてるんだ。うちのクラスのモザイクアートも結構進んでるよ」


 パックとチラシで厚さが違うのを利用して立体感を出すとかで、美術担当の細かい指示が教室に飛んでいる。未完成のものを見ながら完成する姿を想像できるのってすごいと思う。


「でもちょうどよかったわ。直が変態に絡まれてるんだもの」


「玲様が背中を蹴るなんて思わなかったよ」


「遥華や眞希菜を見てたら乙女も強くなきゃいけないと思い始めそうよ」


 あの二人はちょっと特殊だと思うけどなぁ。玲様までパワーアップしちゃったら僕の体がもたなくなる。その前に干将さんと莫耶さんが心配で疲れてしまいそうだ。ヤンキーや猛獣に襲われるのは遥華姉だけで間に合ってるよ。


「直は何を飲んでるの?」


「え、あぁ」


 隠したくなった手を止めて、玲様に商品を見せる。さっき宮古先輩のせいで中身が少しこぼれてしまった。あんまりおいしくなかったからいいんだけどさ。


「変なもの飲んでるわね。味覚オンチなの?」


「ちょっとした挑戦心だよ」


「ふーん。せっかくだから一口ちょうだい」


 玲様は僕の答えも聞かずにパックを奪うと、そのまま一口吸い込んだ。その瞬間に顔が一気に曇っていく。


「なにこれ。マズいというかいろいろ間違ってるわ。組み合わせ方がおかしいわ」


「だよねぇ。失敗したよ」


 玲様はすぐに僕にパックを押しつけるように返すと、すぐに炭酸飲料を買って口に流し込んだ。あいかわらずジャンクな食べ物が好きなのは変わっていない。


「よくそんなの飲めるわね」


「まだ一口しか飲んでないよ。まぁもうすでに後悔してるんだけど」


 一口どころかちょっと口に入っただけだ。受け取ったパックの重さはほとんど変わっていない。本当に口をつけただけみたいだ。


「体壊さないでよね。バイトの方は気にしなくていいから、イベントではしっかり活躍してもらうわよ」


「わかってるよ。玲様も演劇がんばってね」


 玲様を見送って、僕はもう一度紙パックを見る。飲もうかどうか考えていたけど、これには玲様が口をつけたストローが刺さっている。ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ捨てるのは惜しく感じてしまう。


「もう、飲むしかないか」


 おいしくないジュースもちょっとずつ飲んでいればだんだん慣れてくるはず。教室に帰ると同じことを言われそうで、僕は一向に減らないバナナコーヒー牛乳の破壊力に感心すら覚えながら最後まで飲み干した。

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