恋する気持ちは竹刀を打ち合わせてⅣ
「ふーん、そんなことがあったんだ」
「ふーん、って一応湊さんにもちょっとは原因あるってことだよ」
見られていたかは確認なんてできないけど、浴衣を着せて神社まで連れていった過去があるんだから。そういえば本格的にお化粧をしてもらったのもあれが最初だったかもしれない。自分の顔が見違えるように変わるってことを知ってちょっと抵抗感がなくなった瞬間だった。
「でも最近の直くん、抵抗もしないし、ちょっと楽しそうじゃん」
「そんなことないよ」
「本当に? ちょっと目覚めてきてるんじゃないの?」
断じてそんなことはない。僕はあくまで男らしくなるのが目標なのだ。だから最近体が変わったことも嬉しく思っていて、半袖のブラウスが着れなくなったことを後悔なんてしていない。
「それで勝負して白黒つけようっていうのも強引だよね」
「玲様の家にカチコミに行こうって言った人の言うことじゃないよね!?」
めちゃくちゃ暴力で解決した過去があるじゃない。先月に玲様のオムライス事件のときもいざとなったら遥華姉に物理的に止めてもらう算段だったのだ。こう見えて僕たちは結構強引なやり方でいつも問題を解決させている。
そうめんのつゆまで全部飲み干して、僕は片付けに取りかかる。休みなんだから一人分の洗い物くらいは自分でしよう。ついで麦茶をおかわり。そうめんはあまりつゆを薄めないからきゅうりがあったとはいえちょっと濃かったかな。
「それで遥華さんに剣道教えてもらってるんだ?」
「そうだよ。今日もしごかれたんだから」
「直くんって、どのくらい強いの?」
それを聞かれるとちょっと辛い。僕が剣道の試合に出ていたのは小学校までで、その時の成績はまぁそれなりだった。当時からもう体格は周りと比べてもずいぶんと劣っていて、小さい割には強い、くらいの評価だったと思う。
それに僕の勝った負けたなんてそれほど僕自身には興味のあることじゃなかった。僕にとっては同じ道場で不敗神話を打ち立て続ける遥華姉こそが最大の憧れで目標で、嫉妬の対象だった。今はそんなこと全然思っていないし、当時だって憎らしく思ったことなんてない。ただ、僕よりずっと強い人がいる。それをずっと見せつけ続けていたのが遥華姉だった。
でも、それと同時に遥華姉はどんなに強くても
だって私、巨神兵だもん。
最近はすっかり言わなくなった遥華姉の口癖は自分を守るための最後の砦だ。もし遥華姉の身長が僕と逆だったらどうなっていたんだろう。言い訳することすらできなくなったら、本当に潰れてしまうかもしれない。そのとき僕は、遥華姉を守ってあげられたんだろうか。
「でも、負けないよ」
「そっか。なら安心だね」
だから絶対に負けられない。僕が遥華姉に頼らないなんてことはこれからも絶対にないのだ。でも僕は同じように遥華姉に頼られたい。僕がいつも助けを求めるように、僕の前では巨神兵と呼ばれることを嫌がって泣いてもいいのだ。
僕が遥華姉に我慢なんてしないように。遥華姉も僕に遠慮なんてする必要ない。だってそれが幼馴染だから。
「でもさ、直くんが負けたらどうするの?」
「え?」
湊さんの言葉に手が止まる。誤解を解く、って先輩には言ったけど、最大の誤解は先輩が僕を女の子だって思ってることなわけで。勝ち負けに関係なく誤解なんてものはもともと存在しないのだ。
「もし負けたら宮古先輩とデートとか行くの?」
なんでちょっと楽しそうな顔で言うのさ。いや、玲様も同じようなことを言いそうだ。遥華姉はきっと嫌がってくれるはずだ、たぶん。デート服の準備をするってなったら手のひらを返しそうな不安がつきまとうけど。
「いかないよ」
「それじゃそのうち嘘がバレちゃうんじゃない?」
「そのときは、どうしよう?」
知らないよ、って顔で湊さんが首を振る。確かに僕が勝手にけしかけただけに聞いたところで答えが返ってくるはずもない。
「もう。やっぱり遥華さんがいないとダメなんじゃない?」
「そうかもね」
言った湊さんも答えた僕も声は明るかった。
やっぱり遥華姉は誰かに頼りにされているのが一番似合う。でもたまには弱々しく泣いてほしい。そんなぼくのわがままも、やっぱり遥華姉を頼りにしているからなんだろうか。
「なんかよくわかんなくなってきちゃった」
「私も。それより、この写真だよ。すっかり忘れてた」
湊さんは座卓の端に置いてあった封筒に手を伸ばす。しっかりとこぼれないようにテープで止められたそれは、見本に載せるものも載せないものもごちゃ混ぜに全部持ってきたみたいで、今にも破けそうなくらい張りつめている。
「遥華さんはまた佐原さんのとこ?」
「うん。朝からあれだけ練習して本当に底なしだよ」
「そっかー。遥華さんと山分けしようと思ってたんだけどなぁ」
「また遥華姉のコレクションが増えるのかぁ」
この間の動物園で容量限界になるまで撮りためていたような気がするんだけど。多分玲様からもらった僕の写真もあのパソコンの中に入っているはずだ。もしあの中身が流出したら僕の人生は終わる。いや、僕だとバレなければ大丈夫なのかな。
昔は絶対に嫌だ。バレたら学校をやめる、くらいまで言っていたのに、人間いくらでも強くなれるものだなぁ。
「ほら、直くんも一緒に見ようよ。バイト先に何枚か持って行ってもいいよ」
「嫌だよ、そんなの」
そんなことしたら眞希菜さんになんて言われたものかわからない。たるんでるとか女々しいとか言いたい放題言われそうだ。まだ玲様はそんなこと話していないはずだ。そんなもん知ってた、って言われるよりはいいか。
「で、どれを使ったのかはわかるの?」
「もちろん。これと、これと」
「そんなにあるの?」
モデル本人のチェックはまだなんだけどなぁ、と思いつつ、僕は確認のために一番上の写真を手に取った。
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