制服のスカート丈は校則遵守でⅣ

 僕の部屋に戻ってくると玲様の荷物大きな荷物が端に積まれている。当然なんだけどものすごく違和感がある。田舎の部屋だからそれなりの広さがあるし、僕はあまり物を溜めこまないおかげでそれほど窮屈きゅうくつってほどじゃない。


 僕は玲様に客間から持ってきた座布団を渡して、いつものように学習机の椅子に座った。この位置から遥華姉を見下ろすとちょうどいいんだけど、玲様は元から僕より小さいから、座布団に座っているとなんだか遠くにいるように感じる。


 遥華姉はいつものクッションを抱いてちゃぶ台を挟んで玲様の向かい側に座った。


「で、何をやらかしてきたの?」


「何を、って。やらかしたって決めつけないでくれる?」


 ムキになって言い返す言葉にも力がない。でもだいたい合ってるんだからそんなに意地張らなくてもいいと思うんだけど。


「ナオが優しいからってすぐに転がり込んできて」


「しかたないじゃない。お父様もお母様も知らないのは直くらいしかいないんだから」


 玲様、友達いないって湊さんも言ってたしなぁ。実は少しだけ嬉しかったりするのだ。玲様が家を出て一人きりになったとき、僕は頼りになる存在だと思ってもらえているってことなんだから。


「それで、どうしたの?」


「家出してきたのよ」


「お嬢様のきまぐれ? ナオの家は避難所じゃないだから」


「まぁまぁ。玲様だっていろいろあるんだよ、きっと」


 遥華姉をなだめてみるけど、どれくらい効果があるかわからない。遥華姉に家出の理由を細かく説明すると、自然とマンガを描いていることに繋がってくるから簡単には話せないしなぁ。


 僕が困っていると、助け船を出すように外から窓がこんこんと叩かれる。


「な、なに?」


 驚いて窓の方を見ると、見たことのある髪型が上半分だけ窓枠から見切れていた。


「もしかして、莫耶さん?」


「え、莫耶?」


 今日うちに来て初めて玲様の声が嬉しそうに聞こえた。それだけ不安だったんだろうってことはわかるんだけど、ちょっと悔しいというか、僕はまだあの二人には遠く及んでいないということだ。当たり前なんだけどさ。


 莫耶さんが窓からひょこりと頭を出す。僕はすぐにかかっていた鍵を外して窓を開ける。莫耶さんは小さく頭を下げると、そのまま部屋に中に入ってきた。もちろん開けた窓から。


「なんで窓から?」


「直様のご家族に迷惑がかかるといけませんので」


 いや、そういう意味じゃなくて窓から入ってくる理由を聞いたんだけど、莫耶さんは当然という顔で玲様の後ろに立った。靴は履いてないけど、外に置いてるのかな。


「連れ戻しに来たの? お母様に言われて」


 玲様は莫耶さんの方を向かずに言っているけど、声はやっぱり嬉しそうだ。


「いえ、奥様はお怒りのようで、玲様を連れ戻せ、という指示は受けておりません」


「あぅ」


「へこんでるから! 本当のこと言わないであげて!」


 これ以上玲様が縮んでいったら、今日が終わる頃にはミジンコくらいのサイズになってしまうかもしれない。


「べ、別にいいわ。私は元から家に戻るつもりなんてないんだからっ」


「そんなに意地を張らなくても」


「うるさいわよ、直。私に命令なんて。立場をわきまえて」


 勢いよく立ちあがって、僕より目線を上にすると、玲様はびしりと人差し指を僕に突きつける。おお、ちょっと玲様の調子が戻ってきた。僕に対してだけは高圧的に出られると思われているのはちょっと傷つくけど、この際我慢しよう。


「玲様。今の玲様はただの世間知らずの寂しがり屋のおっちょこちょいで、さらに行くあてがなくて直様の部屋に逃げ込んでいるところです。立場は家主の方が上ですよ」


「そこまでなの!?」


「ぼ、僕はそこまで思ってないよ?」


 悔しそうにこっちを睨む玲様の扱いをどうしていいかわからずに僕はただ部屋のほのかに暖かい空気を両手でかき混ぜた。


「追跡はやはりないようです」


「うわっ! 干将さん!?」


 開けたままの窓から干将さんが覗いている。莫耶さんといい、そこは僕の部屋の入り口じゃないんだけど。


「玲様のお母さん、そんなに怒ってるんですか?」


「いえ、怒っているというよりはねている、というほうが正しいでしょうか」


 あぁ、なるほど、と僕は玲様に向き直って納得した。玲様のこの性格はどうやらお母さんに似ているみたいだ。素直に謝れないところもきっと同じなんだろう。


 干将さんは玲様が元気そうなことに安心したみたいで窓から僕の部屋の中に入ってくる。もう勝手にしてください、と言いたいところなんだけど、さすがにこの人数が僕の部屋に集まるとなると、ちょっと窮屈だ。いくら物が少ないとはいえ、五人も入ると落ち着かないくらいの狭さになってしまう。


「ねぇ、とりあえず場所を移さない?」


「そうだね。といっても」


 玲様と遥華姉はいいとしても、いきなり部屋から黒服を来た怪しい人が二人も出てきたらお母さんもさすがに驚くだろうし居間は使えないかな。いや驚かないかもしれないけど、きっと驚くということにしておこう。


「じゃあ、道場に行くしかないかな」


 今なら誰も使ってないし、広いし。今の季節なら暑くも寒くもない。ついでにこれから窓から出ていく二人にもすぐ近くで助かるだろう。


「じゃあ移動しましょ。ついでに邪魔だからこの荷物も道場に置いちゃえば」


「着替えとかいろいろ入ってるのよ。ゴミみたいに言わないで」


 まったく一言話すとすぐこうなんだから。今は人が多いせいで狭く感じるだけで、カバン二つなんだからそんなに大荷物でもないのに。


 荷物を持ち出そうとしていた干将さんと莫耶さんにそのままでいいと断って、僕たちは道場の方へと向かった。

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