制服のスカート丈は校則遵守でⅢ

 居間に行くと朝食の準備が着々と進んでいた。僕が遅れたから遥華姉が一人で手伝っているところだ。僕も慌てて手伝いに加わる。


「あ、来た来た。ハルちゃんはこの子知ってるの?」


「あ、はい。中条さんの娘さんなんですよ」


 遥華姉は僕と連れ立って居間に来た玲様を見た。なんでこんなところにいるの、と隣にいる僕に目が訴えている。そんなこと僕が聞きたいよ。お母さんとケンカして家出したのは聞いたけど。


 玲様も遥華姉がいつ怒りださないかと怯えた目で様子をうかがっている。その表情が明らかに今までと違うことに遥華姉はすぐに気がついたみたいで、玲様には何も言わなかった。


「え? 中条って、あの中条? なんで直が友達なの?」


 今まで少しも動揺していなかったお母さんがやっとびっくりしてくれる。逆にここまで少しも驚いてくれなかったことに驚きなんだけど。


「まぁ、いろいろあって」


「そうなの。直にお友達ができるならいいことね」


「全然気にしてないし」


 そりゃ、お金持ちだからって萎縮する必要はないんだけど、もうちょっと驚いてくれてもいいと思うんだけどな。この辺りじゃ誰でも知っている有名人なんだから。


「ほら、ぼうっと立ってないで座ったら。もうちょっとで準備できるから」


 そう言って遥華姉はいつも僕が座っている自分の隣を指差した。


「そこ僕の席なんだけど」


「いいでしょ、お客さんなんだから。ナオは下座にでも座ってなさい」


「えぇー」


 我が家では遥華姉の方が発言権が強いからこうなると僕は返しようがない。玲様に向けられないと思ったもやもやがそのまま僕の方に流れてきているような気がするけど、この際我慢するしかないか。


 玲様は遥華姉に言われた通りの場所に小さくなって座った。もう借りてきた猫状態だ。いつもの威厳は少しもない。背筋もよく伸びている。足が痺れないように膝を抱えているけど。


「ナオは早く手伝って」


「はーい」


 玲様を置いて朝ご飯の手伝いに台所に向かう。なんだか玲様が雨に打たれる捨て猫みたいな目でこっちを見てるんだけど、そんな遠くに行くわけでもないのに。


 机を拭いて、箸を並べて、お母さんお茶碗に盛ったご飯を並べていく。目の前にどんどんと並べられていくご飯を見ても、玲様は微動だにしない。ちゃんと呼吸してるのか心配になってくる。


 準備が整う頃にはじいちゃんがふらふらと居間に現れて、上座に座った。玲様のことを認めたけど、遥華姉が元々来ているからか全然驚いたような様子はない。お母さんといいうちの家族はなんでこんなに動じないんだろう。


 全員が自分の席について、手を合わせて。


「ではいただきます」


 お母さんの号令でいつもより一人多い小山内家の朝ご飯が始まる。


 大皿に盛った野菜炒めを物珍しそうに玲様がぼんやりと見ている。その横で遥華姉がひょいひょいと小皿に野菜炒めを盛って玲様の前に置いた。


「はい。こんな感じで自分でとって」


「あり、わかったわ」


 素直にお礼を言えばいいのに。素直じゃないんだから。


「しかし直が遥華以外の女の子を家に連れてくるとは」


「いいじゃないですか、お義父さん。直も高校生になったんですから」


 じいちゃんが鋭い目で僕を睨む。でもなんでだろう。怒っているというよりは羨ましがっているように見えるんだけど。


「連れてきたんじゃなくて勝手に来たんだよ」


「ならば、なおさら感心せんな」


 僕の方に羨望せんぼうの視線を送っているじいちゃんを見て玲様は怒られるんじゃないかとひやひやしてるみたいで、無意味に縮こまってしまっている。


「どうしたの、お嬢様? もしかして魚の骨とかとれないの?」


「ば、馬鹿にしないで。そのくらいはできるわ」


 なかなか箸の進まない玲様に遥華姉が聞く。ここはここで妙な距離感ができていて、今度は僕がひやひやさせられる。


 遥華姉は事情を聞きたくてしょうがないんだろうけど、下手に話してお母さんとじいちゃんに僕の女装がバレたら一大事だし。玲様は遥華姉の機嫌を損ねないように慎重になりすぎてうまくいってない。


 せめて干将かんしょうさんと莫耶ばくやさんがいてくれたらなぁ。いつもの玲様に戻ってくれてやりやすくなるんだけど。いつもどこにいるのかわからないのに、玲様が呼ぶと現れて世話を焼いてくれるから、きっとどこかに隠れてくれていると信じてるんだけど。


「でも直が三角関係なんて、どこかで育て方を間違えたかしら?」


「だから三角関係じゃないってば」


 もしそうだとしたら、僕というお人形を玲様と遥華姉で取り合っているというだけの話で、そこにドロドロとした恋愛模様もなければ、僕の不貞が原因でもない。僕が一番の被害者のはずなのに。


「直、あとで道場でしごいてやろうか」


「遠慮する」


 せっかくに休日だというのに、朝から妙な起こされ方をしてやたらと緊張感のある朝ご飯を食べるなんて幸先が悪くてしょうがない。ついでにこの後玲様の問題を解決しなくちゃいけないのは決まっていることだし。


「お願いだから夏目漱石の小説みたいなことにならないでね」


「ならないし、ややこしくなるようなこと言わないでよ」


 学校で習うほど有名なその話だと、玲様も遥華姉も死んじゃうんだけど。まったくなんでお母さんはそんなぼんやりとした口振りで物騒なことを言うのかな。


 気まずいくらいじゃ味が変わらないおいしい朝ご飯を終えて、食器を台所に返す。そして僕は食べ物以外の何かで重たくなったお腹をさすりながら、玲様と遥華姉を連れて自分の部屋へと戻っていった。

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