制服のスカート丈は校則遵守でⅤ

 ちょっと不安だったけど、玲様を遥華姉に預けて僕は台所に寄り道に行く。ご飯を食べたばかりとはいえ話し込んでいるのにお茶の一つも出さないのは失礼だ。それに干将さんと莫耶さんだってちゃんと朝ご飯が食べてこれたとは限らないし。


 煮出した後、冷蔵庫に入れやすいようにペットボトルに移したお茶、それからコップが五つ。戸棚を探してみたけど、クッキーの箱が一つあっただけだった。これだと玲様に全部食べられてしまいそうだ。


「こんなものかな」


 お盆に乗せて道場に向かうと、今度は堅い板間で玲様がごろごろと転がっていた。


「何してるの?」


「うーん、フローリングとはちょっと違うけど、感触を味わってみようと思って。あまりいいものじゃないわね」


 そりゃここは寝転がるところじゃないからね。そういえば玲様の家も畳部屋ばかりだったから、フローリングの部屋とか好きそうだもんなぁ。ついでに言えば、普通はカーペットとかを敷いているからフローリングに直接は転がらないんだけど。


「あ、とりあえずこれしかなかったんだけど」


「あ、クッキーじゃない!」


「これは二人がご飯食べてなかったらと思って」


「すみません。ありがとうございます」


 遥華姉が注いだお茶を莫耶さんがテキパキと並べていく。


「まぁ、たまにはこういうのも悪くないわね」


 それはうちのお茶が安っぽいって意味じゃないよね? 確かに玲様の家で出された緑茶は別に舌が肥えているというわけでもない僕でも高級だってわかるくらいのものだったけど。でも嫌がるわけでもなく飲み干したところを見ると、単純に庶民っぽい生活が楽しいだけかのかもしれない。


「玲様はこれからどうするつもりだったの?」


「無計画で飛び出されたのでなんとも言えませんね」


「ほら、お嬢様。今後の完璧な計画を教えてよ」


 にやつきながら遥華姉が口元を押さえた。視線の先にいる玲様は目が泳いでいていい解答は期待できそうにない。そんなに煽るとまた変なこと言いだすからやめてよ。


「私の力があれば、問題なんてないに等しいのよ」


「いや、現状もう大問題だから」


 なんで当の本人が一番余裕があるんだろう。僕はもう胃に穴が開きそうな気分だっていうのに。お茶を飲んでいろんなものが溜まった胃の中を流してみるけど、あんまり効果は期待できなさそうだ。


 いつもは無口で玲様の隣に立っている干将さんと莫耶さんも残念そうな表情で首を振っている。


「干将と莫耶までその反応はどういうことなのよ!」


 後ろは味方だと思っていたみたいで、玲様は振り向いて抗議する。


「玲様がお家を飛び出している以上、中条家の娘として扱う必要はない、とのことですので」


「我々に暇を出されているのですから、奥様も心配はしていると思うのですが」


「うぅ」


 味方のいない道場の中で一人、玲様は周りに座った僕らの顔を順番に見る。全員呆れ顔で玲様を見ていることにやっと気がついてくれたみたいだ。


「今日の宿すらお決まりになっていないようで。お友達も少ないので」


「そういうことは言わなくていいのよ」


 別に調査したわけじゃないけど、そんなこと前からなんとなくわかってるよ。そうじゃなきゃわざわざ僕の家に朝から来てないだろうし。


「もうしょうがないなぁ。とりあえず今日は家に泊まれば?」


「え、でもあなたに借りを作るのは」


 怪訝な顔をして、玲様は遥華姉の心の中をはかっているように目を凝らした。でもそんなことしても何も見えてこないみたいだ。


「ナオのところに居座られる方が迷惑だし。友達を泊めるって言えば大丈夫よ、一日くらいは、だけどね」


 遥華姉がしかたない、という顔で言ったにもかかわらず、玲様の顔がぱあっと明るく輝く。まさに天の助け、地獄に落とされた一筋の蜘蛛くもの糸。それを見て、玲様は今にも本当に発光し始めそうな勢いだ。


「そ、そこまで言うなら泊まってあげなくもないわ」


「やっぱり夜中に外に放り出そうかな」


「まぁまぁ、遥華姉。そんなこと言わずに」


 これ以上話をややこしくしてほしくない。せっかく玲様が態度を柔らかくしてるんだから、それに乗ってあげた方が扱いやすいんだから。


 玲様は今日の宿が決まったことで一番近い問題が解決したからか、少し余裕が出てきたようで、いつものように右手をさっと挙げた。


「でも何日も邪魔はしないわ。干将、莫耶」


「はい。学校のこともありますからできるだけ近くに探しますが、玲様にも不自由をかけるかと思います。ご了承を」


「わかっているわ」


 では、と干将さんが僕らに頭を下げて、道場から一人出ていった。これからホテルでも探すのかな。でも観光地もないこの田舎にホテルなんてないから凪葉か市街で探すことになるだろう。


「でも大丈夫かな。そんな高級なホテルなんて近くにはないよ」


「私だって硬い床で寝ろ、なんて言われなければ大丈夫よ」


「これは帰って早くお布団干さなきゃダメみたいね」


 せんべい布団というわけじゃないけど、庶民の寝具が玲様に合うかどうかはちょっと不安だ。大丈夫だ、と言った玲様を信じるしかない。


「じゃあ玲様の荷物、遥華姉の部屋に運んじゃおうか」


「では私が」


 とついてこようとした莫耶さんを僕は手で制した。今この場で男なのは僕一人なんだから、重いものを持つくらいは僕がやらなくちゃ。


 部屋に戻って玲様の大きな荷物を抱える。やっぱり結構重たいけど、持てない重さじゃない。


「さ、行こう」


「直、さすがね。私のお人形としての自覚が出てきたじゃない」


「そんなのこれっぽちもないから」


 男らしいところを見てほしかったんだけどなぁ。叶わない願いを思いながら、僕らはすぐ隣の遥華姉の家へと向かった。

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