探偵はお供にあんぱんと牛乳を連れてⅨ

「お疲れさまでした。いかがでしたか?」


「なんていうか、ちゃんと練習してました」


「なによ、面白くないわね」


 そりゃ恋愛話だと勝手に思い込んだのは僕の方だからしかたないんだけどさ。

 僕はアイスカフェオレをお願いして、玲様の隣に座る。その瞬間にどっと疲れが体中に重くのしかかってくる。


「なによ、その顔は」


「玲様には言われたくないよ」


 二人並んでひどい顔をしている。これならこの誰もいない喫茶店でも一番奥に案内される理由がわかる。理由は違うけど、こんな顔が窓際に並んでいたらお店に悪い噂がたってしまいそうだ。


 氷たっぷりのアイスカフェオレを口に流し込む。頭が痛くなるくらいの冷たさが一気に冷静さを連れてくる。


「なんというか、付き合わせてゴメン」


「いいわ。田舎の体験ができたから」


「夕陽ヶ丘も田舎だよ」


 確かにこんな山だらけじゃないけどさ。玲様のマンガのネタにはちょっとならなさそうだ。一息ついたら家に帰ろう。それから遥華姉にも謝らなきゃ。

 そう思っていると、全然人気のなかった喫茶店にお客さんが入ってくる。それを見て、僕はもう少しで口の中のカフェオレを噴き出すところだった。


「どうしたのよ、って」


 玲様も僕の視線を追いかけて、停止する。干将さんと莫耶さんも振り返る。

 入ってきたのは見間違えようもない。遥華姉とあの男の人だった。


「なんでこんなところで会うのよ」


「そりゃ他に喫茶店なんてないんだもん、この辺り」


 そりゃ疲れて一休みもしたいだろうし、ここまで連れてきたんだからお茶の一杯でもおごらないと男がすたる。そう考えてもおかしくない。そして山道を下りた先にちょうど一軒の喫茶店。雰囲気はいいし、うるさいこともない。入らない理由なんて見つからなかった。


 僕たちは仕切りに身を隠すように四人固まって、ときどき二人の様子を見る。男の人の方はまだちょっと疲れが残っているみたいで、今朝の爽やかさに少しかげりが見えた。遥華姉の方はまったく変わる気配もなく、本当に無尽蔵な体力が羨ましい。


 どうしよう。帰るに帰れなくなってしまった。

 遥華姉にバレるだけならなんとかなる。でもあの男の人にはバレたくない。僕たちが尾行してきたことも、なにより、今僕が女装をしているってことを。

 でも玲様にはそんなこと関係ない。


「ちょっとは面白くなってきたじゃない」


「全然なってないよ。大ピンチだよ」


「いいじゃない。せっかくだからちょっと探りでも入れてみましょ」


 この状態でどうやって。いや、どうするかなんてわかりきっている。玲様がこの状況で無茶ぶりをしてくるなんていつものことだ。


「ちょっと直が行ってきてよ」


「言うと思ったよ」


 僕今女装してるんですけど。別にもう人前に出るのは慣れてしまったけど、やっぱり自分の学校の生徒っていうのは怖い。女装趣味だって思われたら、僕はどうなってしまうんだろう。玲様のクラスメイトを見ていると案外受け入れてくれそうなところがちょっと怖いところだ。


「ほら、見てみなさい」


「何を?」


 仕切りから少しだけ顔を出して二人の様子を窺う。やっぱり会話はあまり弾んでいなさそうで、こっちがやきもきしてしまいそうだ。


「男の方は緊張しているのよ。そういうときはパーソナルスペースを広く取りたがるものよ」


「だから?」


「足を開いて、机からはみ出してるでしょ? あの足に引っかかってこけなさい」


「それでどうするの?」


「あんな澄ましたキャラなんだから絶対に声をかけてくるからいろいろとついでに聞いてくるのよ。完璧な作戦でしょ?」


 そうかなぁ。そんなにうまくいかないと思うけど。そもそも遥華姉の目の前でそんなことしたら怪しまれるよ。

 そう思った途端、まるで玲様の考えに従うように遥華姉が席を立った。お手洗いかな。こういうところに謎の神通力を発揮するのだから玲様は性質たちが悪い。僕と違って、物語の主役みたいに偶然がいいように転がり込んでくるのだ。


「ほら、チャンスよ。行ってきなさい」


「えぇ。本当に行くの?」


 助けを求めるように干将さんと莫耶さんを見る。二人とも全然そんな気はないみたいで、にこにこと笑っている。

 しかたない。僕は意を決して立ち上がると、右手と右足を同時に前に出しながら、わざとらしく男の人の席へと歩いていった。


 無意味に広い店の中、それほど多くない席数。二つを引き算して残った通路は当然広くて、わざわざ誰かが座っている側を歩くのはそれだけで不自然なことに思えた。でもおどおどとしているわけにもいかない。行かなければ帰って玲様にどやされるだけだ。そして間違いなく傷口は広げられるだろう。


 足を広げたまま落ち着かない様子の彼の席の隣に近づいて、わざとらしく飛び出していた足に引っかかる。


「う、きゃ!」


 とっさに女の子らしくしようとして、なんか猿みたいになっちゃったんだけど。不安になってちらりと顔を見ると、やっぱり驚いたみたいで、ちょっとイケメンが崩れている。いい気味だ。


「だ、大丈夫ですか?」


「は、はい。すみませんでした」


 差し出された手をつかんで引き上げてもらう。なるほど、こういうことをさらっとできると男らしいのか、ってそうじゃなくて。


 近くで見るとやっぱりかっこいい。遥華姉とお似合いかは別として。まだ驚いたままの顔を見つめながら立ち上がると、まだ彼も僕の方を見つめている。いや、そりゃそうか。いくらなんでもわざとらしすぎた。

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