アイドルは画面の向こうできらめいてⅩ

「へぇ、ナオがCMねぇ。でも絶対有名になれるよ」


「これも動画になると思うと、いい練習になるよ」


「私の直なんだから当然ね。しっかりやってきなさい」


 嫌味のつもりだったんだけど、玲様は言葉通り受け取ったみたいで満足そうに頷いている。誰もツッコミを入れてくれない辺り、みんなそう思ってるのかな。


 僕がカワハのCMに出ることが決まったから、動画配信用のダンスは早めに撮ってしまいたいってことになった。今日がその撮影なんだけど、いつもの教室じゃなくて市街の貸しスタジオに来ていた。


 毎回同じ背景じゃ飽きられるから、ってことらしい。ああ見えて玲様は結構そういう流行の機微に敏感だ。ダンス動画が二本しか上がっていない動画チャンネルの登録者はすでに二〇〇人を超えている。


 今日は玲様と干将さんと莫耶さん。それから遥華姉に湊さん。さらに佐原先輩まで加わって観客は過去最高を記録している。毎回呼ばないと後からねちねちと小言を言われるから困るんだよね。


 今日は湊さんが用意した着物を着て、桜吹雪をまきながらちょっと和風テイストに仕上げるらしい。だんだんこっちも凝ってきている。イベントの陳列とかも何か計画してそうだなぁ。ちょっぴり怖い。


 もちろん袴じゃなくて女性用のものだ。さすがに着てダンスするからあまりいい生地のものじゃないって言っていた。湊さん基準の大したことない、が僕と同じだとは思えないけど、聞かないでおこう。


「それじゃ本番行くわよー。干将、莫耶。準備はいい?」


「はい。もちろんです」


「こちらも大丈夫です」


 玲様は映画監督みたいにメガホンを振って合図を出す。カメラは干将さん。脚立に上って花びらをまくのが莫耶さんの役目だ。普通は逆のような気がするけど、莫耶さんはカメラを使えないし、もし落ちたとしても受け身くらい簡単にとっちゃうだろう。


「直。ぼうっとしてないで準備!」


「はーい」


 メガホンを通した玲様の声が飛んでくる。いつの間にかアシスタント役が板についた湊さんが指でカウントダウン。


 三、二、一で曲が始まる。


 指先まで力を込めた手をゆっくりと天に伸ばす。今回は衣装に合わせて少しだけ振り付けを変えてある。素人の手でアレンジした効果がどれほどあるかわからないけど、僕は結構気に入ってるかな。


 サビに入ってもリズムは変わらない。このくらいのテンポの方が僕には似合っているかもしれない。


 それでも一曲を踊りきると汗でぐっしょりと肌が濡れていた。緊張もするし、ライトの熱もバカにならない。着物って洗濯機に入れて回すわけにもいかないだろうし、大丈夫なのかな?


「どうだった? もう一回ならちょっと休んでからね」


 僕がそう言って声をかけたけど、合わせて六人もいる観客は全然反応してくれなかった。


 ビデオカメラについている小さな画面を場所の取り合いをしながら見ているばかりだ。さっき目の前で生で見たっていうのに、そんなに僕のことが信じられないのかな?


「ナオ、いったいどこでダンスなんて習ったの?」


「いや、習ったことなんてないよ。遥華姉が一番知ってるでしょ」


 僕が習ったことあるのは剣術と居合術だけだ。そういえば塾とかも行ったことないや。近くにないし勉強についてはじいちゃんもお母さんも放任主義だから。


 監督の玲様もいつまでもメガホンを床に置いたままで、何度も画面を確認しているみたい。


「直ってダンスの才能あるのかもしれないわね」


「玲様までそんなこと言って」


「私は直には嘘つかないわ。誰が見たって素敵だと思うはずよ」


「カッコいいじゃなくて?」


「えぇ、とってもみやびで素敵だと思うわ」


 そこは嘘をついてくれてもよかったのに。玲様のまっすぐな褒め言葉は嬉しいけど、雅って女性のイメージが強い。どうせなら豪胆ごうたんとか剛毅ごうきとかそういう形容をしてもらえる男になりたいんだけど。


「はぁ、こういう路線が似合うんだ。これは早く動画をアップしてもらってCM制作会社さんにも見てもらわないと」


「えぇ、CMのはカッコいいやつがいいなぁ」


 やっぱり袴はやめて着物で、って言われたらどうするつもりなんだろう。もうやりますって言っちゃったから、断ることもできないし。


「うーん。こういうの見せられると教会式のウェディングドレスは着せにくくなるね。和風ウェディングドレスとかもあるけど、ちょっと派手めなのが多いし」


「そうだねぇ。ナオって結構洋服が似合うと思ってたんだけど」


「そこで悪だくみしないで」


 佐原先輩と遥華姉が変な話を繰り広げてるし。そろそろツッコミ疲れてきたから感想が欲しいんだけど。一番話が通じそうな干将さんと莫耶さんに顔を向けると、少し困ったような表情で頬を掻いていた。


「直様。少し手加減をしていただかないと」


「え、別に剣道で試合したわけじゃないのに」


「芸術とは人の心を射止める術ですから。素晴らしい芸術は真剣で斬られるのと同じ衝撃があるものです」


「えっと、そんなものですか?」


 干将さんの言っていることはよくわからない。ただ今の玲様たちの様子を見ていると、僕のダンスはどうやらみんなの心に刺さるものがあったらしい。


 今までダンスなんてやってこなかったから、こんなにみんなが感動してくれるなんて思ってもみなかった。


 なんだかちょっとだけ自信がついたかも。玲様はまた黙っちゃったけど、喜んでくれたのはわかった。何度も何度も繰り返し僕のダンスを確認する玲様を待ちながら、さっきのダンスの振り付けを思い出していた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る