三章
ダンスのリズムは体中に響き渡ってⅠ
結局撮り直しにはならなかった三本目の動画はびっくりするくらいの早さでネットにアップされた。他の二本と比べても再生数の伸びがいいらしい。玲様の加工技術も上がっていて、画面にエフェクトも入っている。
「この動画の編集の時間でマンガを練習すればいいのに」
初めて一本作品を描きあげて、ちょっと安心しているのかもしれない。僕の居合がダンスに生かされているように、この編集作業もマンガにいい影響があるかな?
「それよりも問題は周りの反応だよね」
僕には後から見てもよくわからなかったけど、新しい動画はかなり好評のようで、学校でもほとんどの人が知っているみたい。玲様の力で抑えられてはいるけど、文化祭の準備であちこちを回るたびにひそひそと話す声が聞こえてくる。
「正直やりにくいよ」
まさかこんなに話題になるなんて。昔、遥華姉に女装がバレたら学校になんて行かなくなる、って話したことがあった。今は前よりも精神的に強くなったというか、諦めがついてしまったからこうして学校に来ているけど、やっぱりちょっと恥ずかしい。
ネットの動画でこれなんだから、全国展開のCMになったらどうなっちゃうんだろう。でも今度は女装じゃないし、ちょっと楽しみなところもある。やっと僕が男として評価されることになるんだから。
文化祭のモザイクアートの制作も順調に進んでいる。パックやチラシを小さく切って色別に分ける作業がほとんどで、僕は黙々と地味な作業を続けている。こういうのは大好きだ。一人で同じことを繰り返すのは嫌いじゃない。それこそダンスより才能がありそうだ。
美術部員の人が描いている下書きもどんどん完成に近づいてきている。翼を広げた鳥の絵がどんどん勢いを増している。その姿を覆うように桜吹雪が舞っているのがちょっと気になるけど。前にはこんなのなかったよね?
周囲の反応にちょっと困惑しながら数日すると、制作会社さんから連絡が入った。
一度打ち合わせがしたい、という話で、今回も喜多浜で会うことになった。今回は僕一人だ。ちょっと不安だけど、いつまでも湊さんについてきてもらうわけにもいかない。
「こんにちは」
喜多浜にある制作会社さんはビルの一室にあった。狭い部屋の中には大きなパソコンが二台並んでいる以外は普通の会社のイメージとあまり変わらなかった。もっとカメラとかスタジオとかがあるものだと思っていたのに。
「あぁ、小山内さんですね。私ディレクターの原田と言います。よろしくお願いします」
丁寧なあいさつと共に名刺を受け取る。当たり前だけど大人のあいさつって感じでちょっと気圧されてしまった。まだ高校生を楽しみ始めたばかりの僕にとっては、急に大人の世界に足を踏み入れてしまったみたいで不安と楽しさが入り混じっている。
こういうのって玲様とか湊さんは得意なんだろうなぁ。
「よ、よろしくお願いします」
もちろん僕は返せる名刺なんて持っていない。身分を証明するものは学生証くらいだ。応接用のソファを勧められるままに座ると、ディレクターの原田さんは笑顔のまま、お茶を出してくれた。
「今回はちょっと特別な案件ですから、早め早めの連絡をしたいと思いまして。お呼びだてしてすみませんね」
「い、いえ。僕も何で選ばれたのか、いまだによくわかって、ないので」
ディレクターってことはCMを作る責任者さんみたいなものだ。大きな会社相手とはいえ素人をメインにして作ってくれ、なんて言われたら困ってしまうに違いない。
「動画サイトのダンスは拝見しました。とても素晴らしい。社長がぜひ、という気持ちもわかりますよ」
「そ、そうですか?」
「はい。私も力の限りよいものを作れるようご協力させていただきます」
干将さんにも褒められたけど、どこまで本気なんだろう? 大人の人は嘘をつくのも上手だ。お世辞なのか本心なのか、まだまだ子どもの僕には判断がつかない。でも褒められて悪い気持ちにはならないのも事実だ。いろんな人に褒められるたびに自信になる。
「今回は大まかな流れの説明とごあいさつをさせていただこうと思います」
「よ、よろしくお願いします」
そう言って原田さんは僕の前に学校でもらうプリントみたいな紙を数枚並べてくれた。一応台本ってことになるんだろうけど、まだまだ仮の仮みたいなもので、文字でちょっとずつ説明が入っているだけで、余白も多い。
これから少しずつ要素を足して引いて、完成まで作り上げていくんだろう。
CMは十五秒のものと三〇秒のものを二つ。と言っても編集で二つにするから撮るのは一本分だ。
黒い背景にライトを当てて、バックにはダンサーさんと雅楽奏者の人がいて、僕がセンターで踊るという構成。曲は、タイアップの関係であの沢森奈央さんの曲をアレンジして使うらしい。動画で使ったのとは違う曲だ。
なんだか不思議な縁がある。遥華姉が好きって言っていただけで、僕とは何の関係もないはずなのに。
「そしてこちらが機密保持契約書です」
「な、なんですか?」
聞いたことのない言葉に体が反応する。
「そんなに緊張しなくて大丈夫ですよ。要するにCMができあがるまでは詳しい内容は秘密にしてください、という契約です」
「え、結構友達に話しちゃったんですけど」
「CMに出るくらいなら構いませんですが、これ以降は秘密にしてくださいね。あぁ、下川さんは大丈夫ですよ」
「わかりました」
湊さんは僕がよくわからない報酬やスケジュールの調整をしてくれている。さすがの高級呉服屋の一人娘といった感じ。大人相手に商売をしているだけあって、そういうところはすらすらやってしまう。僕もそういう才能が欲しいなぁ。
その後は連絡先を聞いて、今日の打ち合わせは終わりということになった。まだダンスの構成も振付師と相談するし、バックダンサーさんと雅楽奏者さんの手配。貸しスタジオを押さえて、カメラマンや音声さんを派遣会社さんから借りてくる。
たった十数秒のCMを作るだけでもたくさんの人が関わって、長い時間をかけて作られるのだ。
「僕も一生懸命頑張らないとね」
しかも今回は脇役じゃない。主役なのだ。遥華姉のそばでずっと見ているだけだった僕が主役になる。なんだかドキドキする経験になりそうだった。
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