割烹着は台所で躍動してⅦ

「湊さんって料理もできるんだっけ」


 適当にぱぱっと、とか言っていたような気がするけど、やっぱり結構自信があるみたいだ。


「やっぱり得意なんじゃない」


「いやいや、ここに新妻風直くんがいることによって私の料理力が十倍くらいになるから」


 そんなので料理がうまくなったら誰も苦労しないよ。玲様もなぜが真剣な顔で頷いてるし。もう藁にもすがるような状況なのかな。


「やっぱりお料理ってできた方が女の子らしいかなぁ?」


「うーん、女の子っぽいかはともかくとして出来たら将来役に立ちそうだよね」


 答えがズレていることは自分でもわかっている。でも遥華姉があんまり料理が上手じゃないことは知っているし、女の子っぽくありたい遥華姉が聞いたら落ち込むに決まっている。遥華姉の言っていたとおり、人には誰でも得意不得意があるのだ。だから特に気にすることはない。遥華姉には遥華姉の魅力がある。


「じゃあ、遥華さんも聞きます? ちょっとした料理のコツですよ」


「うん。よろしくお願いします」


 こうして三人並んでいると仲のいい姉妹みたいだ。実際ちょうど学年が一つずつ違うから姉妹でもおかしくない。パッと見たところで玲様が一番上には見えないんだけどね。


 僕はテーブルの隅にあった椅子に腰かけて三人の料理を眺めている。一番やる気のある格好をしている僕が座っているのもどうかと思うけど、なにか恩返しがしたいと言っていた眞希菜さんに頼めば料理を習うこともできるだろうし、今はこの仲良くなった三人を見ていたかった。


 湊さんはまずたまねぎやニンジンをみじん切りに、それから彩りのパプリカを半月に切っていく。そして鶏肉に手を付けた。


「まず、皮と身の間にある余分な脂を切り落とすの」


「あぁ、これがそうなのね」


 湊さんは包丁で鶏肉の白い部分を見せているらしい。この辺りはお母さんから一通り習ったなぁ。もしかしてそういうところを食べながら気がついちゃえるから、いろいろ言ってたのか。料理上手ってすごい。


 切り分けた具材と冷ましたご飯を準備したらまずはチキンライス作りからだ。わかっていたけどやっぱり作るのはオムライスなんだよね。もうこりごりだから違うものを作ってくれてもよかったのに。


「硬い材料から炒めていくんだよ」


「それくらいはわかってるわ」


 教えてもらってるのに玲様は相変わらずだ。隣に並んでいる椅子には山のように積まれたレシピ集がある。これだけ全部読んで勉強していたんだろう。それでも読むだけではなかなか料理の技術は上がらない。いろんな人に教えてもらって実際にやって覚えられるのだ。


 僕はまだ食べかけだったオムライスをまたひとすくいして口に運んだ。一人でこれだけのものが作れるようになるんだからそれで十分な気がする。玲様が相手に想定しているのは修業中とはいえお店で料理を出している眞希菜さんだ。その目標に一人で近づいていってるんだからよく考えなくてもすごいことをしている。


「もしかして玲様って意外と天才肌?」


「直。それは嫌味で言ってるの?」


 独り言のつもりだったのに、しっかり聞こえていたみたいだ。玲様が急に振り返って僕の方を睨む。今は手に包丁を持っているからとっても怖い。っていうかそんなときによそ見しちゃダメだってば。


「ほら、最後に玉子で包むよ」


「わかってるわ」


 湊さんに言われて玲様は視線をまたコンロの方に戻す。助かった。さっきまでほのぼのとした光景だったのに一気に狂気に満ちてくるんだから包丁は怖いアイテムだ。


「丸めてからお皿に移すんじゃなくて、ひっくり返す感じで、こう」


 湊さんはそう言いながら上手にオムライスをくるりとお皿に落とす。するときれいに玉子に包まれたところでお皿に収まった。なるほどああやるときれいにまとまるんだ。たぶん眞希菜さんは包んでからお皿に移していたけど、こっちの方が玲様でもきれいにできそうだ。


「本にもそう書いてあったけどそういうことなのね。見るとよくわかるわ」


 感心してできあがったオムライスを見て、玲様は溜息をついている。お皿がなくなったのか和皿に盛っているのがちょっとおかしい気もするけど、出来上がりがきれいなことに違いはない。


「今日はずいぶん素直ね。いつもこうだったらいいのに」


「今日は私が教わる側だからよ。そのくらいの礼儀はあるわ」


 別にいつもこのくらいでいいと思うけどなぁ。玲様には玲様なりの基準があるんだろう。それに口出しする前に自分が尊敬される人間になれ、ってことなのかな。それにしても遥華姉が玲様にお小言していると本当に姉妹みたいだ。遥華姉が一番上で料理を教えている湊さんが二番目。そしてわがままな末っ子が玲様。うん、ぴったりだ。


 そうこうしているうちに湊さんの料理講座が一通り終わってしまったけど、そういえば僕は何もしていない。こうして座っているだけで三人の中に割り込むわけにもいかないし、割り込んだところで料理ができるわけじゃないのだ。


「それで、僕は何をしてればいいの?」


「そうね。後でスケッチするからその服でいいポーズでも考えてなさい」


「えぇ、そんなぁ」


 この格好のキャラクターなんて出てくるのかな? 確かにお手伝いさんとかがいてもいいとは思うけど、そういう人って僕より年上の女性ばかりだと思うんだけど。そういうのはあんまり関係ないのかな。


「大丈夫大丈夫。直くんには大事な仕事があるからね」


 そう言って湊さんは出来たばかりのオムライスをテーブルの上に置いた。さっきまでここにはたくさんのオムライスが並んでいたんだけど、全部ラップで包んで一度冷蔵庫に入れたから今は一つだけだ。


「はい、試食どうぞ」


「さっきも一つ食べたんだけど」


 来て早々僕は玲様が作っていたオムライスを食べたのだ。そりゃ勝手に食べたわけだし自業自得ではあるんだけど、それにしたって手加減してくれてもいい。お腹の容量には誰でも限度があるのだ。


「男の子はたくさん食べるものでしょ?」


「ナオ、頑張って!」


 かけてくれる声は優しいけど、みんな揃って手を後ろで組んでいる。一切の受け取りを拒否する構えだ。まぁ、これな格好でも僕は男子高校生。世の中で言うところの食べ盛りも真っ只中。オムライス二つくらいなら。


「この後玲が作るからお腹空かせといてね」


「食べながらなんて無理言わないでよ!」


 湊さんの容赦のない要求に僕は思わず叫ぶ。こうして叫び続けていればちょっとくらいお腹も空いてくれるかな、と思いながら僕はスプーンを手にとった。

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