探偵はお供にあんぱんと牛乳を連れてⅧ
結論から言うと、結構頑張った方だと思う。七割くらいは持ったんじゃないかな。アスファルトの敷かれた山道は車で上がるには狭すぎるけど、四人が固まって登るには十分の広さがあった。強い照り返しを受けながら、黒いセーラー服の僕の頬に汗が伝う。玲様の制服に僕の汗が染みこんでいる。なんだかすごく悪いことしているような気分になる。
その隣ではグロッキーな顔を少しも隠すことなく、玲様が無言のままで足を前へと進めていた。
「やっぱりちょっと休憩する?」
「いいわ。遥華たちに遅れるじゃない」
「たぶんもうついてるよ」
男の方は当然として、遥華姉は結構急な坂道をあんなバランスの悪そうなミュールで羽でも生えているみたいにひょいひょいと登っていった。やっぱり底が知れない。男も驚いてたみたいだし。どうだ、うちの遥華姉はすごいだろう、って自慢したくなる。
あの調子だと、今頃月野のじいちゃんにお茶でももらっているところのはずだ。いまさら焦るようなこともない。それよりも鉢合わせしないようにしなきゃね。
「っていうかわざわざ登らなくても下で待ってればよかったんじゃない?」
「あぁ、そういえばそうですね」
今気づいた、という顔をして莫耶さんがぼんやりと言った。こちらは少しも疲れたような様子はない。さすが中条家の娘専属のお付きということなんだろう。干将さんも同じように名案です、という顔で両手を叩いた。
「あなたたちねぇ……」
玲様はそれだけ言って力尽きたようにしゃがみこんだ。さすがに厳しかったか。
「では私が玲様を抱えて下りることにしましょう。莫耶は直様を」
「かしこまりました」
まだしゃがみこんだまま動かない玲様を干将さんがひょいと持ち上げる。背の低い玲様は育った体とはいえやっぱり軽いみたいだ。そのまま抱きかかえて山道を下りていく。このくらいできないとお付きっていう仕事は務まらないんだろう。
「それでは私たちも行きましょうか」
「はい。っていうか玲様がいないならこの服着替えたいなぁ」
「それはいけません」
ですよね。莫耶さんもなんだかんだいって僕をこうして女装させるのが好きなんだから困ったものだ。僕の周りにはそんな人しか集まってこないだけなのかな。
そういえばこの格好だと月野のじいちゃんにも顔は出せないや。まったく何のためにこんな山道を登っているんだろう。言い出しっぺは自分だったことなんてすっかりと忘れて、僕は黙々と山道を進んでいく。
ようやく上がりきると、木造の家屋とうちと同じくらいの立派な道場が見える。道場の入り口が開いているってことはやっぱり練習に来ているんだ。そこから覗いたらすぐにバレてしまいそうだけど。
「直様、こちらに」
「なんでそんなところに」
呼ばれた方に振り返ると、莫耶さんが一本の木の前に立っていた。もしかして、ここに上って中を見るの? 仮にもお嬢様高校の制服を着てるんだけど、そんなおてんばがいるのかなぁ、この学校に。
言われるがままに木に上り、手渡された双眼鏡で窓から中を覗き見る。これでも月野のじいちゃんと遥華姉は気がつくかもしれないから慎重に。
中で行われていたのは予想通り健全な剣道の指導だった。いや、月野のじいちゃんと遥華姉という鬼コンビにしごかれるという意味では健全とは言い難いかもしれない。おしゃれ着のまま竹刀を持っている遥華姉は少しも息が上がっていないのに、面だけとった男の方はもう山を登っている玲様みたいになっている。
「何と言いますか、とても青春していらっしゃいますね」
「えぇ、そうですね」
なんで僕はこんなところにいるんだろう。しかもこんな制服まで着て。そう考えずにはいられなかった。勝手に一人で騒ぎたてて。きっとあの男の人は真剣に剣道が強くなりたかったんだろう。それなのに不健全なのは僕の方だ。
「僕たちも下りましょうか。玲様も待ってますし」
「かしこまりました。抱きかかえてあげましょうか?」
莫耶さんはそう言って笑った。冗談だってわかっているけど、ちょっと甘えてみたくなる。そのくらいには僕の顔は寂しげなんだろう。
山を下りて、干将さんから教えてもらった通りにぽつんとあった喫茶店に入った。そういえば莫耶さんも携帯電話はちゃんと使えるんだな。結構手間取ってたけど。仕事に必要だから覚えたんだろうなぁ。
ど田舎の喫茶店ということで個人店らしく、休日の稼ぎどきとは思えないほどにがらんとしている。それでも田舎の土地の安さを存分に生かしてむやみに広い空間が物悲しかった。
その奥の方の席にまだちょっと口をぽかんと開けている玲様の姿があった。他のお客さんがいないからいいけど、絶対に名家のお嬢様としては見せちゃいけない顔をしている。まだ復活には時間がかかりそうだ。
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