メイド服はロングスカートと編み上げブーツが大正義Ⅷ

「またナオ関係なの? しかも違う女の子まで連れて」


「あ、えっと」


 遥華姉はさっと僕に詰め寄ると、逃げようとした僕の襟首をつかんだ。剣道をやめて結構経つのに少しも動きが鈍ってくれないから困る。トラウマモードの方を見ているとすっかり忘れてしまうけど、遥華姉は女子剣道の革命児として期待されていた超新星だったんだから。


「これはいったいどういうことなのか、説明してもらえる?」


 笑顔がとっても怖いよ、遥華姉。玲様と湊さんは突然登場したやたらと俊敏なジャージ姿に困惑したみたいで、すっかり言い合いは収まっていた。それだけは遥華姉に感謝したい。


「整列!」


 僕だけじゃなくて玲様、湊さん。さらにとばっちりで干将さんと莫耶さんまで直立不動で背筋を伸ばして立たされる。泣き出したときもそうだけど、怒ったときも手がつけられないんだよなぁ。


「こっちの娘は前に見たことあるわ。彼女でしょ? じゃあこっちの娘は?」


「えっと私、一年の下川湊です。クラスは違うんですけど」


 怒りモードの遥華姉は睨んではいないけど、すごい剣幕で湊さんを品定めするみたいに見つめている。竹刀もないのに今にも斬りかかってきそうだ。そんなことしたら普通の女の子はひるんで何もできなくなってしまう。


「ねぇ、直。この人あなたの幼馴染でしょ? 直よりよっぽど男らしいじゃない」


「言わないでよ」


 玲様が隣でこっそり耳打ちする。遥華姉は普段はちゃんと女の子だよ。とフォローしたいところだけど、この状態の遥華姉を見ている玲様に言ったところで信じてもらえないかな?


「ナオ、この娘が彼女ってちょっと趣味が悪いと思うよ」


「失礼ね、あなた」


 この状態の遥華姉にケンカを売れる辺りはさすが玲様だと思うけど、命知らずというかもっと考えてから話してほしいんだけど。それに趣味が悪いっていうのもちょっぴり当たっている気がしてフォローのしようがない。


 遥華姉のおかげで騒がしいのは回避できたんだけど、代わりに状況は悪くなった気がする。絶対玲様と遥華姉の相性は悪い。特に二人の機嫌が悪い今は最悪と言ってもいい。どうしようかと睨みあう二人を見ていると、同じく二人のやり取りを見ていた湊さんが声を上げた。


「あ、思い出した!」


「今度は何なの?」


 これ以上話がややこしくなってほしくないんだけど。


「直くんってさ、夕陽ヶ丘の小山内道場が家だったよね?」


「そうだけど」


「じゃあ、あの人ってもしかして大串遥華さん?」


 遥華姉を控えめに指差しながら、湊さんは僕にささやいた。そんな声で確認しなくても玲様と遥華姉は絶賛睨み合い中で、こちらのことなんてすっかり忘れてしまっている。遥華姉に威圧されて玲様の声のトーンが落ちているのが救いなくらいだ。


「湊さん、遥華姉のこと知ってるの?」


「あぁ、やっぱり!」


 僕の質問に答えることなく、湊さんは目を輝かせて玲様に迫る遥華姉の腕をとった。


「大串遥華さん! 私知ってます。中学まで剣道やってたんで」


「へ?」


 突然腕を取られて遥華姉の怒りがちょっと収まる。


「ファンだったんです。大会で男子相手でも倒しまくって、夕陽ヶ丘のきょし」


「あ、ストップ!」


 僕はすぐに飛びついて湊さんの口を塞いだ。そりゃこの辺りに住んでいて剣道をやっていたというのなら遥華姉のことを知っていてもおかしくない。遥華姉が中学に上がって剣道をやめるとなったときは家にやめないように説得してほしいって嘆願書が届いたくらいなんだから。


 でもそれはつまり、僕が気を付けていても、遥華姉はどこかでまた自分の異名を聞いてしまうということでもあるのだ。


「もがっ。 何するの、直くん」


 説明と謝るのは後。聞こえてないことを祈りながら遥華姉の方に顔を向けると、ぽかんと口を開けたまま、急速冷凍したみたいに固まっている。


「遅かった」


 何もできないまま僕が諦めの言葉を漏らすのと同時に、遥華姉ががたがたと震え出す。そしてそのまま目にいっぱいの涙を浮かべながら、地面に崩れ落ちた。


「わーん! 私やっぱりまだ巨神兵って呼ばれてるんだー!」


 そのまま大声で泣き始める。ここは学校の前だっていうのにそんなのお構いなしだ。ついでに言えば僕の悪名がどんどんスケールアップしているような気がする。女の子三人をもてあそんだ大悪党と思われてないといいけど。


「何よ、これ。急に泣き出したわよ」


「遥華姉はそう呼ばれるの嫌いなんだ」


「そうなの? 私マズいことした?」


 一番マズいことをされちゃったんだけど、今はそれを指摘している暇はない。こうなると落ち着かせるのは簡単なことじゃない。それにもう大人と言ってもいいくらいの女の子が道端で大声を上げて泣いているのは今までと比べ物にならないくらいに目立つ。


「とりあえず車に乗せてください。皆様も乗って」


 慌てふためく僕らと違って、冷静な声で莫耶さんが言った。干将さんはもう車に乗り込んでエンジンをかけている。さすがの対応力だ。


「ほら、二人とも手伝って。こんなの目立ってしょうがないわ」


「さっきからめちゃくちゃ目立ってたよ」


 事の発端ほったんだった玲様に毒づくと鋭い視線で睨みつけられた。最初からずっとそのモードでいてくれればこんな大事にはならずに済んだのに。


 三人がかりで何とか遥華姉を車に乗せて、もう手遅れだと思いながらも校門の前を離れた。これは明日には学校中、いや町中で噂になっていてもおかしくない。


「まったく。直といるといいことがないわ」


「僕も同感だよ、玲様」


 これでもそれなりに平穏に暮らしていたはずだったんだけどなぁ。


 さすがに追いかけてくるような人もいなくて、田畑ばかりの道に入れば僕たちの気持ちも少し楽になった。泣き続けていた遥華姉もちょっとは収まってくれた。


「あ、そうだ。直、これに着替えて」


 玲様からまたビニール袋に入った服が渡される。この間の恐ろしい予告があったけど、今回も落ち着いたデザインのブラウスと黒のスカートみたいだ。


「これは?」


「私の家に逃げるんだから、着替えてくれないと困るでしょ?」


「もうやだ」


 当然、といった顔で僕に服を押しつける玲様を見て、思わず本音がこぼれた。

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