メイド服はロングスカートと編み上げブーツが大正義Ⅸ
どうせ逃げられない、とそそくさと着替えを済ませた僕がカーテンを開けると、車内では莫耶さんがハーブティーを配っているところだった。ここにいる人は全員僕が女装しているところを見ているから全然驚きもしないし、当然のような顔をしていてちょっと悲しい。
「飲むと心が落ち着きますから、必ず飲んでください」
「莫耶、ちょっと顔が怖いわよ」
「当然です。公衆の面前でご友人を泣かせるなんて中条の娘以前に人として問題ですよ」
「大声でケンカしてるのも問題だと思うよ」
僕はもらったハーブティーをとりあえず一口。いろいろ叫ばされたから喉が渇いている。
「なんか、すごい似合うね。カップ持ってるのとか玲よりお嬢様感ある」
「湊はちょっと反省しなさいよ。誰のせいでこうなったと思ってるの?」
完全に待ち伏せしていた玲様が一番悪いと思うんだけどなぁ。
責任のなすりつけ合いが続く車内はだんだんと
「もういいや。それより遥華さんはどうするの?」
この戦いは不毛だと気付いてくれたみたいで、僕がハーブティーを飲み干す頃には玲様と湊さんの言い合いは決着してくれた。代わりに新しく議題に上がるのはもちろん遥華姉の処遇ということになる。
泣き止んで気持ちが落ち着いたらしい遥華姉は、この見慣れない高級車の乗り心地に不安を覚えているみたいで隅に座ったまま僕らの顔を順番に見比べていた。まぁ、僕も最初はそのくらいの気分だったからよくわかるけど。
「ねぇ、ナオ。これどういうことなの?」
「どういうことも何もないんだけど」
何から説明していいかわからない。ついでに言えばこの原因の原因は遥華姉が僕に女装をさせてたことにあるんだけど、そこから説明すると長くなりそうだ。
「いいから最初から説明して」
僕の悩んでいる表情から察したみたいで、遥華姉は僕が話し始める前に釘を刺す。この様子だとごまかしは効かなさそうだ。この察しの良さをもうちょっと違うところで発揮してくれてらいいのに。
玲様のことを全部話すのは気が引けるしなぁ。
もうなし崩し的に僕と玲様の関係がバレていっているけど、一応玲様のマンガの話は秘密だ。秘密にしてくれるはずだった僕の女装の話は玲様がどんどん漏らしているように思えるけど。玲様にとっては家族とも関係する話だから遥華姉相手でも簡単には言いたくなかった。
湊さんもだいたいはわかってくれているみたいで、黙ったまま下を向いている。玲様が周りを信じられないから、僕たちは裏切らないように守ってあげなくちゃいけないんだ。
そうだというのに、そんな気も知らない玲様が調子を取り戻してふんぞり返っている。
「何よ、さっきから何の権限があって命令しているの?」
「質問に答えなさい」
「ひっ」
可愛らしい悲鳴が上がる。遥華姉は完全に巨神兵モードになってしまっている。一喝された玲様はまた怯えた表情に戻ると莫耶さんの腕に隠れて、遥華姉の様子を窺っている。そうやって怒ったりするから周りから畏怖されるっていうのに。そんなこと言うと遥華姉がまた泣き出してしまうので言わないけど。
でも怖がっている玲様を見るのは新鮮だし、普段の行いを反省してくれるといいんだけど。
結局説明をする前に中条家についてしまった。車から降ろされて、またこの現実離れした広い屋敷を見せつけられる。遥華姉のかなり驚いているみたいで、ぽかんとだらしなく口を開けたまま開かれる門を見上げている。
「ぼうっとしてないで。早く歩く」
玲様に急かされて僕らは広い庭の中に案内される。僕は二回目だし、湊さんも何度か来たことがあるみたいで迷いはないみたいだ。すると、ちょうど入れ違うように玲様のお母さんが出てくるところだった。この間と違って洋服を着て、どこかに出かけようというところみたいだった。
「こ、こんにちは」
「あぁ、あなたは」
僕の顔を見て少し動揺したように答えが返ってくる。当然と言えば当然だ。だって自分の娘が連れてきた彼女だって言うんだから。服を着替えただけの僕を女の子だと信じて疑わないのはちょっと悲しいところだけど。
そして友達がいない玲様がさらに二人も女の子を連れてきたとなれば、さらに困惑するのもしかたないのだ。
「えっと私はこれから用事があるので。ごゆっくり」
現実が受け入れられないといった顔で、玲様のお母さんは僕たちの横を小走りに抜けていく。干将さんが停めにいった車とはまた別の黒い高級車が門の前に迎えに来るのが見えた。当然だけどやっぱり何台もあるんだよね。
屋敷にあがるとそのまま奥の玲様の部屋に通された。僕は無意識に本棚の一番下の段に目を向けたけど、今日はちゃんとしまっているみたいで、黒い玲様の練習ノートは見当たらなかった。
「はぁ、疲れたわ。どうしてこうなるのかしら」
「玲様があんな目立つところで待ってるからでしょ」
「直の携帯が繋がらないのが悪いのよ。逃げられるかもしれないし」
そんなこと言ったって、校則で学校では基本的に電源を切ることになっているのだからしかたない。あくまで携帯電話は緊急の連絡手段と決まっているのだ。そりゃそんな校則ほとんどの生徒が守ってないんだけど、だからといって僕も同じように破っていい理由にはならない。
部屋に入ってもなかなか収拾のつかない一行を黙らせたのは、遥華姉がローテーブルを叩く音だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます