制服のスカート丈は校則遵守でⅩ

 多目的室の鍵を外して、頭だけ出して廊下の様子をこっそりと探った。授業終わりから少し時間が経ったおかげで騒がしかった廊下は少し落ち着きを取り戻していた。


 たぶん湊さんから聞いて買ってきたんだろう。背中の半分くらいある真っ黒なウィッグをつけると、首元にさらさらと流れてきてなんだかくすぐったい。スカートは折ったりしていないから、玲様よりも長い膝上。膝を隠すためにニーハイソックスを履いているけど、太ももが締めつけられるようで、変な感じがする。


「これバレちゃったりしないかな?」


「堂々としていれば大丈夫よ」


 根拠の見当たらないその自信はいったいどこから湧き上がってくるんだろう? ウィッグだって印象を変えることはできても顔が変わってくれるわけじゃない。


「あんまりそわそわしてると目立つわよ」


「だからそわそわさせるようなことしないでってば」


 遥華姉にも似たようなことを言った覚えがある。好きで女装をしているんじゃないんだから、こんな状況で落ち着けっていう方が無理があるんだって。


 一秒でも早く学校から逃げ出すために、まっすぐに校門を目指す。できることなら遥華姉にだって会いたくない。そうだというのに、玲様と僕を見かけた生徒はそんなことお構いなしに好きなことを言ってくれる。


「あんな女子いたか?」


「なんか三年に転校生が来たって話だぜ」


「でも隣のもヤバくね? あんなのいた?」


 そりゃ普段はちゃんと男子の制服着てるからね。気づかれていないとわかっただけほっとする。玲様は僕がすれ違う人の視線を奪っていくのがどうしようもなく楽しいみたいでにやけて緩んだ顔が戻りそうな気配もない。


「玲様が女の子の召使いも連れてるわ」


「さすがお嬢様ね」


 残念ながら、今朝に見たその召使いは僕と同一人物だよ。心の中でこっそりと答えてから、玲様の背に隠れるように僕は体を寄せた。もちろん隠れることなんてできないんだけど、ちょっとでも顔が見えなくなるなら十分価値がある。


「あら、私に甘えるなんて直も可愛いところがあるわね」


 玲様の機嫌を損ねないように注意しながら、僕は黙ったままなんとか学校を抜け出すことに成功した。明日学校で噂になってないといいけどな、玲様の召使いって話。




 実は外で待っているんじゃないかと思っていた干将さんと莫耶さんの姿はなくて、本当に玲様は学校まで一人で来たらしかった。そのまま歩いて学校を離れていく玲様に、僕は驚いてしまう。興味のあることをしているとき以外はたいてい立ち止まっているか、ごろごろと転がっていることが多かったから。


「どうしたの?」


「ううん、なんでもない。どこに行きたいの?」


 歩いている玲様を見るのは結構貴重だ。早朝の動物園くらい動かない玲様だからなんとなく視線がそちらに向いてしまう。服もセーラー服じゃないせいで物珍しく思えてしまう。それよりも僕はスカートを履いたままどこかに連れていかれることを心配した方がいいかもしれない。


 田畑ばかりの道を行かず、都会には敵わないけどこの一帯ではそれなりに栄えている小さな市街へと玲様は進んでいった。たぶんこんなところすら玲様くらいの家柄だと馴染みがないだろう。人の数が増えてくるたびに僕の心臓は速さを増してきているんだけど、玲様は止まってくれるわけもない。


「あの、玲様。あんまり人通りの多いところは」


「別に誰が見ても立派な女子高生よ。胸を張りなさい」


「張りたくないよ」


「なに? 小さいと自信がないの? パッドとブラも持ってくるべきだったわ」


 別にそんな用意はいらないです。玲様はスタイルがいいからそりゃ自信持って外を歩けるんだろうけど、僕が女の子だったらきっと言い返せない理不尽な屈辱を受けていたことだろう。僕だって身長のことを言われると何て言えばいいのかわからなくなることがあるし。


 遥華姉だったらなんとか引き返してくれるところだったんだけど、玲様には通用しない。僕は誰にもバレないでください、と神様に一生のお願いを無駄遣いしながら人の中を進んでいった。


「ここは、ハンバーガーショップ?」


 だんだんと感覚が麻痺してきた僕が連れてこられたのは、どこにでもあるチェーンのハンバーガーショップだった。でももう察しはついている。玲様は今のうちに普段はできないことを楽しむつもりなんだ。僕を連れまわして。


「はー、これが噂の」


「やっぱり来たことないんだ」


 かく言う僕も通い詰めているわけじゃないけど。田舎に一店舗だけしかないから、放課後の店内は高校生でいっぱいになっている。少しでも都会気分を味わえるスポットだからしかたないのかもしれない。これでも今はだいぶ落ち着いてきたほうで、開店日には大人まで詰めかけてどこにでもあるはずのチェーン店に行列ができたほどだった。


「今までさんざん体に悪い、とか言われて」


「それは僕もよく言われた」


 だから数えるほどしか食べたことがない。誘ってくれるような友達も今までいなかった。そこで僕はようやく玲様が数少ない僕の友達のようになっていることに気がついた。こうして放課後まで一緒にどこかに行く人なんていなかった。遥華姉は部活があるし。


 自分でも人選を間違えたように思えてしかたない。でもいまさら変えることなんてできないのだ。

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