初イベントはワクワクとドキドキとトラブルが渦巻いてⅥ
控室には少し地味な服を着た女の子が待っていた。地味というよりも隣に立っている遥華姉がコスプレしてるからそう感じるだけかもしれない。
「あれ、その人ってもしかして?」
「本物の沢森奈央さん。まさかこんな間近で見られるなんてねぇ」
遥華姉が珍しく興奮したようにぴょんぴょん跳ねている。あれだけハマっていたアイドルが隣にいるんだから当たり前か。
「あれ? そういえば湊さんは?」
「スペースでお留守番よ。本当にやらかしてくれたわ」
「いったい何したの?」
「イベント会場にいたこの子をスペースまで連れてきたのよ。落ち込んでたから、とか言って、仕事があるのはわかってたのに」
そりゃどうりで現れないわけだよ。それにしても玲様のスペースにいたなんて。よく大騒ぎにならなかったなぁ。
「ごめんなさい。私、ゲームのタイアップ仕事は初めてで。ゲームが好きなのにあんまりやり込めないままイベントになって、それで」
奈央さんは深く頭を下げてそう言った。大好きだからこそ中途半端な仕事はしたくなかった、ってことみたい。僕とちょっと似ているのかもしれない。僕も剣道が好きだからこそ強くなれない自分が嫌いだった。
「でも私、やっぱりアイドルも好きなんです。あなたのダンスを見ていたら負けたくないって思いました。ファンの皆さんにも謝ってきます」
そう言って奈央さんは普段着のままステージに飛び出していく。でも当然幕は下りているわけで、すぐに顔を真っ赤にして戻ってきた。
「これで、万事解決?」
「まったく、直は何でも言うこと聞くんだから。たまには断らなきゃダメよ」
「玲様の命令も?」
「それは全部聞きなさい」
やっぱり。すぐに自分の意見を曲げないでよ。玲様の命令が絶対なのは出会ったときから決まっている。いまさら変わらないことくらい僕だってわかっているつもりだ。
「でもちょっと羨ましかったですね」
「何のこと?」
「私もアイドルなんてやめて俺のものになれ、なんて言われてみたいかも」
「それはゲームの中だけだよ」
そんな素敵なロマンスは現実では簡単に起きない。玲様の言う私の直、は言うことを聞いてくれるお人形っていう意味なんだから。
「ほら、直。戻るわよ。そろそろ同人誌が売れてるかもしれないし」
「ちょっと待ってよ。まず着替えないと」
「そうだよ。私サインもまだもらってないんだよ?」
「遥華姉、それはちょっと違うんじゃ」
でも代理でステージに上がったんだから、ちょっとくらいのわがままは許してもらえるだろう。だったら僕よりも遥華姉がもらった方が嬉しいはずだ。
「あとで必ず書きます。でもその前にステージでお詫びしないと」
メイクを済ませ、衣装は僕が着ちゃったからそのままだ。それでも明るく笑顔を浮かべるだけで、アイドルは一気に別人のように変わる。
「やっぱり本物はすごいなぁ」
「ナオも十分すごかったよ。横から見てもアイドルだったもん」
「そうかなぁ? いろんな人が着飾ってくれたからね」
アイドルもすごいけど、それを支えている人たちも同じくらい大変ですごいのだ。僕もカッコよく男らしくメイクしてもらえれば、女の子に間違えられることもなくなってくれないかな、なんて期待してしまう。
一度みんなを追い出して元の服に着替える。こっちも女装だからあんまり変わらないような気もするけど、ひらひらとしたドレス風よりはブルーのワンピースの方がまだマシかな。
「まぁいい機会だし、ステージ袖からアイドルを見るっていうのもありかもね」
「玲様もちょっと見たいんでしょ」
「マンガのネタになるかもしれないじゃない」
「同人誌の女の子が急にアイドルになったりしないでよ」
すぐ影響を受けてストーリーが変わってしまいそうだ。まだ完成したものは読んでないけど、あの女の子には僕と遥華姉のあったかもしれない未来を剣道で叶えてほしいと思ってしまう。
「皆さん、ごめんなさい。大事な日に遅刻してしまいました!」
ステージの真ん中で、奈央さんが謝っている。観客席はあんなトラブルがあったのに、満員のままだ。
「さっきのは、えーっと私の双子の妹で代わりに踊ってもらったんです」
「なんか変な設定増えてるよ」
っていうか双子の妹も名前がナオだったらおかしいでしょ。でも観客はそんなこと全然気にしてなくて、歓声と雄叫びが上がるばかりだ。勢いだけで生き過ぎだよ。
いつの間にかアイドルの妹にされた僕は、この後一体どうなっちゃうんだろう?
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