ゴシックロリータはフリルで可愛く彩ってⅪ
家の近くまで来たところで車から降ろしてもらった。田舎道にこんな車が走っていたらそれだけで目立ってしまう。そこから僕が降りてくれば明日にはみんなこのことを知っているだろう。
「本当にここでいいの?」
「うん。ありがとう」
それに玲様と遥華姉が会ったら何が起きるかわからない。さっきは玲様が不意打ちで勝っていたけど、遥華姉は僕の姉代わりって思っているから、命令大好きな玲様とはたぶんかみ合わせが悪いと思う。
それほど距離は離れていないはずなのに、この田畑と古い平屋が並ぶ景色を見ているとなんだか帰ってきたという気分になる。やっぱり僕は根っからの庶民なんだと思えてくる。
「ただいまー」
家に帰ってくると、ばたばたと足音が聞こえて、廊下から遥華姉が走ってきた。
「あ、帰ってきた。遅かったね」
「うん。いろいろ連れまわされてて」
「ちょっと強引そうな娘だったもんね、彼女さん」
やっぱり言葉の端に
「その、根は悪い娘じゃないんだよ。ちょっと強引なだけで」
絵を描いているときの真剣な目は少しも曇りがなかった。それに自分の夢を持っていてそれに向かって、ちょっと変な方向も混じってるけど努力している。それはどちらに進めばいいのかまったくわかっていない僕にとっては憧れるし尊敬できることだ。
「ナオが男の子みたいなこと言ってる」
「だから男だってば」
ついさっきまでお化粧までして着物を着ていた自分が言っても説得力が薄い気がするけど、遥華姉は見てなかったんだから大丈夫。とはいえ何度も繰り返している主張が通るとも思えないけど。
なんだか今日は疲れた気がする。実際どこかに出かけるときは必ず理由がないと出ていかない僕にとって玲様に連れられている時間はなかなか経験してこなかったことだ。体より精神が疲れている、休ませろと訴えかけている。
「ねぇ、ナオ。もう一緒に出かけたりできなくなるのかなぁ」
部屋に戻ろうとした僕に遥華姉が小さな声でこぼした。
「別に女装させないって言うなら僕は気にしないけど」
「そうじゃなくて。女の子と二人で出かけるなんて、普通は嫌だよ」
それは玲様が、ということだろう。つまり彼女からすれば彼氏が他の女の子と出かけるなんて気になってしかたないはずだ、遥華姉はそう言っている。
「でも遥華姉は姉みたいなものだし」
「ナオにとってはそうでも、あの娘もそう思ってくれるとは限らないよ」
そう思うも何も実際は僕と玲様は恋人じゃなくて、持ち主と人形の関係でしかない。僕が玲様のマンガのことを知った今はもう少し関係はよくなっているかもしれないけど。
でも遥華姉はそんなこと知らないのだ。教えることだってできない。それなのに自分の好きなことを我慢してまで、僕と玲様のことを考えてくれているのだ。でもやっぱり本当のことは言えない。そうすれば今度は玲様を傷つけてしまうから。
「そうだよね、わかった。でもちゃんと遥華姉のことは伝えておくからさ」
僕は遥華姉から逃げるように自分の部屋へと逃げ込んだ。
玲様と付き合っていることにすれば遥華姉に連れまわされなくて済む。小一時間ほど前にそんなことを考えていた自分を殴りたくなる。彼女の抱えた傷は本人にとっては大きく、簡単には癒せないものなのだ。
僕にとって遥華姉が姉であるように、彼女にとっての僕もまた心許せる弟だったはずなのに。
遥華姉は部屋に入っては来なかった。心配して待っていてくれたのに、酷いことをしてしまったと反省してももう遅い。
部屋から出て外廊下から遥華姉の部屋を見上げてみるけど、カーテンの閉められた部屋は明かりがついているのかすらわからなかった。
空は少しずつ色を落として、薄っすらと月が浮かんでいる。その姿をぼんやりと見上げながら、僕は今日何度も漏らしたそれとは違う、大きな溜息をついた。
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