夏の砂浜は水着で視線を独り占めしてⅣ

 次の日にバイト先で玲様と一緒になる。前はよく家まで乗り込んできていたけど、最近はここで会うからそういうこともなくなった。ちょっと寂しかったりもするんだけど、そんなこと言ったら玲様はなんて答えるだろう。


 そんな僕の気持ちなんてたぶん少しも気がついていない玲様は今日も眞希菜さんと軽口を飛ばしながら仕事に勤しんでいる。もうパフェなんかも作れるようになってしまって、すっかり戦力だ。ここでも僕は遅れていっている気がする。


 玲様は落ち着いてきた厨房から顔を出して、僕に視線を投げる。何か注文が残ってたかな、と近づくと、お店の用事と変わらない口調で宣言した。


「海に行く予定だけど、五日からにするわ」


「え、なんで?」


 それって遥華姉の合宿の日程に思い切りかぶっている。


「詳しいことは仕事が終わってからね」


 それなら全部まとめて終わってから言ってくれればいいのに。それならなんでこんな日程に決めたのかを悩まなくて済むのに。急に謎解きでもしたくなったとか? そんな気まぐれで仕事中に変なこと考えさせないでほしいよ。


 結局玲様はその後本当に何も言ってこなくて、八月五日にいったい何があったかと考えさせられた。やっぱり思いついたのは遥華姉の合宿くらいで、他に何か特別なこともない。ただ七月終わりの忙しい時間帯にろくに何かを考えるなんてできなくて、答えがわからないことを悔やむほどの時間もない。


「それでなんで五日からなの?」


「わからなかったの?」


「それだけでわかったら苦労しないよ」


 それなら期末テストもいい点を取れたし、なんなら高校生名探偵にでもなってるよ。小学生と間違われたりしないかちょっと不安だけど。


「五日から遥華の部活は合宿なんでしょ?」


「そうだよ」


「海もあるんでしょ?」


「そうみたい」


「じゃあそこでいいじゃない。私は特に場所にはこだわらないし、泊まりでも別に構わないでしょ?」


 その言葉の意味はたぶん僕には他に予定もないだろう、って意味なんだろうけど、泊まりって、玲様と湊さんも来るんでしょ? 一応僕は男なんですけど。


「心配しなくても二部屋取るわ。干将もいるし」


「あぁ、そっか。干将さんもいるなら平気かな」


「私は別に同じ部屋でも構わないけど?」


 だから、なんでそんなこと言うかなぁ。僕をからかって遊んでいるのかと思ってたけど、今までのことを考えると全然そういう自覚はないみたいだし。なんというか僕ってみんなから男として認識されてないんだろうか。


「だってみんなで同じ部屋に泊まるのって楽しそうじゃない」


「それは、確かにそうだけど」


 お目付け役がついているんだし、変なことなんて起きるはずもない。その方がこっちも合宿みたいになるし、楽しいかも。


「それじゃ決まりね。遥華だって日中は自由な時間もあるでしょ。こっちに少し顔を出してもらえばいいわ。場所は押さえておくから、抜かりなしよ」


 やっぱり一度決めると行動が早い。湊さんの予定もすでに押さえているらしい。でも玲様のその行動力はマンガのネタ欲しさから来ているに違いない。いいネタが提供できるかはわからないけど、せっかく計画してくれたんだし何か一つくらいは協力してあげられればいいんだけど。


「あら、海に遊びに行くの?」


 帰り支度をしながら話していたところにひょこりと朱鷺子さんが顔を出す。このレストランのオーナーで玲様のお母さんの高校時代のお友達だ。その縁もあってこうしてアルバイトをさせてもらっている。


 本当は二人で交互にホールに入る予定だったんだけど、玲様がいろいろあって厨房に行くようになったから今は僕とホールに出ていることが多くなった。大きなお店じゃないから僕一人でさばける時間帯も多くて、楽させてあげられているのが唯一の救いかな。


「はい。お休みの期間に」


「いいわねぇ。青春ねぇ」


 朱鷺子さんはうっとりとした目で僕たちを見る。確かに今、青春という言葉が似合うシチュエーションかもしれない。今まではメイド服とか制服とかに飾られてなんだか間違っているところがあったけど、今回は本当にマンガみたいな青春の一ページだ。いや実際に行ってみないと無事に終わるかはわからないけど。


「どのあたりに行くの?」


安生あんじょうの方です」


「あの辺りは港もあるからおいしいものも食べられそうね」


 確か牡蠣の養殖が盛んなんだっけ。でも旬は冬だから今回は食べられないかな。

 なんだか期待が高まってくるほどに不安も大きくなってくる。僕たちの旅行がそんなまっとうな形で終わるわけがない。とりあえず水着だけは奪われないようにしようと心に決めて、僕はバイト先を後にした。

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