夏の砂浜は水着で視線を独り占めしてⅦ

「それにしても予想以上の混雑ぶりだね」


「まぁシーズン真っただ中だからね」


 老若男女で埋め尽くされた砂浜はこの辺りの人が全員集まっているんじゃないかと錯覚するほどで、海を見渡しても泳いでいる人の姿がいっぱいだった。


「もうこの辺でゆっくりお昼寝でもしない?」


 パラソルの下に避難した玲様はまただらけモードで溜息交じりにそう言った。太陽の下に出てきたくらいでテンションは変わらないようだ。


「いやいや何のための海なのよ! 泳がなきゃ、はしゃがなきゃ」


「そうだよ。せっかく来たんだし、マンガのネタにもなるかもしれないよ」


 それを聞いて、玲様の体がピクリと動いた。お、効いてる効いてる。なるほど、マンガのネタっていうのは今の玲様を動かす大きな力になっている。これは覚えておこう。


「直様もだんだんたくましくなってきましたね」


 さっきとは違う意味で感心したように干将さんが耳打ちした。そりゃこれだけ一緒にいたらね。別に玲様に振り回されるのは嫌いじゃない。でもそれなりに覚悟を決めておかないといくら体力があっても足りなくなっちゃうからね。


「それにそろそろ遥華姉も出てきてるんじゃない?」


「そうね。さすがにこっちから来ておいて遊ばないっていうのはないわよね」


「そうそう。探しに行ってあげようよ」


 とはいえこれだけの観光客の中だ。そう簡単に遥華姉が見つかるだろうか。いや、そんなのは無用な心配か。たとえどこにいたって遥華姉が目立たないなんてことないんだから。


 荷物を見ておいてくれるという干将さんと莫耶さんを残して歩き出す。するとさっそく人だかりができている。それだけで僕たちはなんとなく感づいてしまった。


 男の人も多い中、頭一つ抜けている人が中心に見える。それだけで何年も見慣れている僕にはわかってしまう。その顔を見て玲様も察したみたいで、僕の代わりに声をあげた。


「遥華!」


 その声に助けが来た、とばかりに人波をかき分けて遥華姉が姿を現す。また何かトラブルに巻き込まれたみたいだ。ノースリーブのパーカーを着て、髪をしっかりとまとめあげている遥華姉はやっと解放されたと大きく息を吐く。


「しつこくナンパしてる男の人を注意しただけなのに」


「なんで注意しただけで白目むいて倒れてるのよ」


「だって私の胸倉つかんできたんだもん」


 遥華姉はむっとした表情で警備員に連れていかれる男たちを見た。いつ見てもどこからあんな力が出るのかわからない細い腕と脚。さすがにこの辺りまでは遥華姉の名も轟いてはいないみたいで、勝てると思われてしまったんだろう。


 せっかくかよわい女の子だと思ってもらえていたのに。そんなことより正義が優先っていうのは遥華姉らしくていいけどさ。


「ちょっと遥華。それは何よ?」


「そうですよ。パーカーなんて着て。ここは海ですよ。もっと開放的にいきましょうよ」


 大立ち回りを済ませたばかりの遥華姉に女の子二人が食ってかかる。確かに二人と比べるとガードが堅い。いや、別に見たいとか言ってないよ。


「えぇ、だって」


「問答無用よ」


 玲様が遥華姉のパーカーのチャックに手を伸ばす。そしてそのまま一気に引き下げた。白日の下にさらされる遥華姉の水着姿は、黒の競泳水着みたいな地味なデザインのものだった。体のラインに合わせてちょっとした柄は入っているけど、遊びに来たって感じじゃない。


「なんか、堅実ね」


 慎重に言葉を選んだように玲様が感想。


「もっと大胆なのでよかったのに。高校生の夏は待ってくれないんですよ」


 テンションハイから帰ってこない湊さんはそのまま脱がしにかかる勢いだ。何かあったら止めないと僕たちまで砂浜から退場させられてしまう。


「だって。腹筋割れてるの恥ずかしいんだもん」


 そう言って遥華姉は自分のお腹を撫でる。それだけしまった体ならしょうがないのかもしれない。むしろ腕や脚がこんなに細いだけでズルいと思ってしまう。思わずそこに目線がいくけど、黒の水着からはよくわからなかった。


「そんなに見ないでってば」


「あ、ごめんごめん」


 慌てて遥華姉のお腹から目を逸らす。すると、隣では玲様と湊さんが僕を白い目で見ていた。


「直って、お腹フェチ?」


「違うってば!」


 なんでそんな疑惑の目を向けられなきゃいけないのか。別にそんな特殊な趣味は持ってません。


「さ、変態直は放っておいて遊びに行くわよ」


「だから、違うってば!」


 僕の必死の訴えなんて全然聞いてくれないまま、玲様は先に行ってしまう。それを僕たち三人で追いかける。

 じゃあもし僕が玲様のその胸をずっと見ていたら、なんて言うんだろう。絶対怒ってへそを曲げるに決まっているのに。

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