夏の砂浜は水着で視線を独り占めしてⅥ

「よっし、海だー!」


 休憩を終えてお昼過ぎ。そろそろ、と湊さんが五度目に言ったときだった。さすがに僕たちもうずうずして部屋を歩き回る湊さんに悪いと思ったので、そのまま座布団に張りつけておきたい体を引きはがして立ち上がった。


「それじゃ、はい。直」


「いらないよ」


 差し出された袋を一切受け取らずに僕はそのまま自分のカバンを探る。ちゃんと自分で用意したってば。


「大丈夫よ。世の中には直と変わらないくらいの胸の女の子なんていっぱいいるのよ」


「そういう問題じゃなくてね」


 胸の大きさなんて男の僕が気にするはずがない。そもそもそれはそれはいいものをお持ちの玲様が言っても嫌味なだけだ。ほら、湊さんがちょっと眉根を寄せている。

 女の子の格好をするのだって何度もやっているから慣れただけで別に好きこのんでやってるわけじゃない。それに今日はいつもの田舎町じゃない。観光地の夏の海岸だ。人の目がいくらなんでもありすぎる。


「せっかく選んだのに。かわいいピンクのやつよ」


「余計に嫌だよ」


「もう文句が多いわね」


 なんで僕が文句多いって言われるんだろう。やっぱり僕が玲様のお人形だからだろうか。

 さすがに諦めたらしい玲様と湊さんを連れて海岸へと向かった。


 夏休みの海は人と砂浜のどちらが多いかわからないほどの盛況ぶりだった。僕はモスグリーンに赤のラインが入った膝丈の水着を着て、真っ赤な太陽の前に体を差し出す。もう焼けることは間違いない。


 先に場所取りをしてくれていた干将さんと莫耶さんもこの中ではスーツでいられるはずもなく、二人ともしっかり水着に着替えている。いるんだけど。


「なんでそんな極端なんですか」


 干将さんはブーメランパンツの面積の少ない男らしいもの。対して莫耶さんは腕も足もしっかり覆われた色気を完全に封じたウェットスーツみたいなもの。健全な男子高校生としては露出度は逆にしてほしいと言いたいところだ。


「私は何かありましたらすぐに飛び込んで助ける必要がありますので」


「私は戻ったときに日焼けがあっては困りますので」


 確かにお仕事である以上は玲様の許可があると言いつつも体裁だけは整える必要がある。それならこの水着も致し方なしって感じなのかな。

 たくさんの人の中にいつの間にかスペースを見つけてしっかりと確保している辺り、やっぱり優秀な仕事人だ。


 ちょっと遅れて玲様と湊さんがやってくる。当たり前だけど、やっぱり水着なんだよね。


 玲様はちょっと大人びた黒のビキニ姿で、普段はゆったりとした服で隠れている体が今日は僕の目の前にはっきりと映し出されている。っていうかいろんなところがいつほどけるかわからない結んだだけの紐なんて怖すぎる。

 そういえばさっきから男の人がこっちに振り返りまくっているんだけど、そりゃこんなのが砂浜に現れたら見ないわけにはいかないよね。


 それにしても知ってはいたんだけど、こうして見るとやっぱり圧巻で言葉を失ってしまう。あれが僕の体にときどき張りついたり、同じ服をおさがりで着ていると思うとなんだか不思議な感じだ。


「どうしたのよ?」


「えっと、似合ってると思うよ」


 なんか普通のコメントだ。もうちょっと気の利いた言葉の一つも出てこないのか、僕は。そんなことができるなら宮古先輩を見たくらいであんなに動揺するはずないんだけどさ。


「直くんってば玲ばっかり見てる」


「あ、ごめんごめん。湊さんも素敵だと思うよ」


「なんかついでっぽい」


 湊さんもライトグリーンのビキニだけど、こっちは胸元と腰回りにフリルがついていてかわいらしい。なんだかいつもとイメージが違う感じがする。夏は人を大胆にさせるっていうけど、それはきっとこういういつもと違う雰囲気をまとう時期だからなのかもしれない。


「ま、私も玲に勝てるとは思ってないけどね」


 やっぱり女の子は服装が変わると一気に違って見える。ましてや普段一緒に遊んでいても絶対に見られない水着姿となれば変わらないわけがないというものだ。

 でもどうやらそれは僕にも同じことだったらしい。


 いつもより何倍も肌色が多い二人にどう接していいかわからない僕に対して、二人はというと少しも遠慮なく僕の肌に手を触れた。


「いきなりどうしたの!?」


「直って、意外と男の子ね」


「元から百パーセント男だってば」


 一体どういう意味で言ってるんだろうか。もう少しはっきり言ってくれないと僕の頭は変な方へと転がっていきそうだ。


「前に浴衣着せたときはこんなじゃなかったのに」


「こんなに筋肉ついてると思わなかったわ。確かにこれじゃ女の子には見えないわね」


 だからどんなことをしても女の子の水着は着ないって言ってるのに。とにかく諦めてくれたのは嬉しいけどさ。

 最近は剣道の練習量もだんだんと増えている。今になってみると、やっぱり子供の頃からずっとやっていただけのことはあって、刷り込みのように技が染みついているのがわかった。そうしているとなんだか楽しくなってくるのだ。


 それに剣を振っているとなんだか無心になれる気がして、誰かのせいで心労ばかりかけられているから自然と練習時間も長くなる。若さも相まって知らず知らずのうちに男らしい体になっていたのか。

 これで女装させられることも減ってくれそうだ。


「困ったわね。次からは露出の少ないものを選ばないと」


 玲様は全然諦める気がなさそうだけど。

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