ゴシックロリータはフリルで可愛く彩ってⅡ

 どこまで連れて行かれるのか不安に思いながら窓から外を眺めていた。毎日見ている田畑とあまり高くない山並みを見送っていると、想像以上に早く目的地へと辿り着いた。うちからもそれほど離れていない、たぶん夕陽ヶ丘の町からも出ていないはずだ。


 僕が抵抗しないことがわかったのか、最初は隣で鋭い視線を向けていた黒服さんも丁重に扱ってくれる。サングラスと気が動転していて気が付かなかったけど、どうやらこの人、女の人みたいだ。


 車のドアが運転していた黒服さんに開かれて、手をとって降ろしてもらう。こっちの人は男の人みたい。服は何度も女の子のものを着たことがあったけど、こうして女の子扱いされるのは初めてで、なんだかこそばゆい。いや、これが癖になっちゃダメなんだけど。


 降りた先には僕三つ分はありそうな高い高い門だった。左右に目をやるとその曲がり角はどこにあるのかよく見えない。道場があるうちの家も相当広い方に入るはずなんだけど、それでもこれはちょっと比べ物にならなさそうだ。


 夕陽ヶ丘には都会じゃ想像もつかないほどの広い家はそこらじゅうにあるけど、これほど大きいとなると数えるくらいしかないはずだ。


 中条ちゅうじょう。門の隅にかけられていた表札を見る。それだけで僕はここがどこなのかわかってしまった。


「中条って、夕陽ヶ丘で一番って言われてる大地主だって」


 じいちゃんが言っていたはずだ。


 そういえば高校生の一人娘がいるって話をしてて、じいちゃんが将棋仲間と僕を婿むこ入りさせればいい、なんて笑っているのを聞いたことがある。田舎の情報網はそんな笑い話がいつの間にかそこら中に広まっていたりするからとっても危険なのだ。この家にまで届いていないといいんだけど。


「あまりはしゃがないでよ」


 せわしなく辺りを見回している僕を彼女はたしなめる。えっと、確かじいちゃんが話していた名前はれい、だったはずだ。


「誘拐されてきたのにはしゃぐわけないじゃない」


「あら、私は誘拐なんてしてないわ。新しいお人形を持って帰ってきただけよ?」


 思わず言い返した僕の声を聞いても、男だとは気付いてもらえなかったみたいだ。前より楽しそうに笑って答えた玲さんの表情は、僕に向けてというより家に向けられているように思える。


 二人の黒服さんが大きな門の両端を持ってゆっくりと開く。見た目通りの重量があるらしい杉の門を抜けると、広い庭には丁寧に剪定せんていされた庭木が並び、中央には飛び石の埋められた道が屋敷の方へと続いていた。


 うちとは全然違う手入れされた庭を眺めていると、屋敷の方から誰かが草履ぞうりの音を鳴らしながら慌てた様子で近づいてきた。


「玲! また勝手に家を抜け出して!」


 開口一番、玲さんを叱りつけた女性は、玲さんと同じくきれいな艶のある黒髪を乱してびしりと人差し指を突きつけた。着物に身を包んだ姿だけど、どこか似たような雰囲気を感じさせる。たぶんお母さんなんだろう。


「お母様、私はもう十八歳よ? 外に出るくらい私の勝手でしょう」


「そういう問題ではないのです!」


 玲さんはお母さんのお叱りなんて要らない、というように首を振ると、僕の方に視線をやった。


「あら、これは恥ずかしいところを見せてしまって。玲のお友達かしら。珍しい」


 慌てて玲さんのお母さんが取り繕うように笑顔を見せた。それでも今しがた大声を上げて怒っていたことがどこかに消えてなくなるわけじゃない。


「えっと、お邪魔します」


 それでも僕は今、目の前で起こったことを見なかった振りをしてうやうやしく頭を下げる。家族の間のことは他人には見られたくないものだ。僕だってお母さんに叱られているところを誰かに見られたいなんて思わないから。


「そう。ゆっくりしていってね」


 その気持ちはどうやら向こうにも伝わったみたいで、にわかに荒立っていた庭の雰囲気も少し穏やかさを取り戻してくる。


 そうだというのに、それを彼女は簡単にひっくり返してしまうのだ。


 玲さんは頭を上げた僕の腕をとると、そのまま腕にまとわりつくように体を寄せた。香水をつけているわけでもないのに、どこからかふわりといい香りがしてくる。女の子というのは誰だってそういうものだ。


「いいえ、お母様。直は私の友達ではありません」


 またお人形なんて言い出すんじゃ、と不安になった僕の予想を裏切るように彼女は言葉を続ける。


「この方は、私の彼女です」


 えっ、という言葉すら口に出せないまま、僕は玲さんに腕を引かれて中条家の屋敷に招かれる。呆然として固まった玲さんのお母さんをその場に残したまま。

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