ウェディングドレスは無垢な純白で守られてⅨ
猛獣の檻を通るたびに戦闘状態に入っては結局そこそこの戦果をあげて帰ってくる遥華姉を迎え入れる。そういうちょっと特殊な楽しみ方ではあったけど、遥華姉は希望通りのお出かけを楽しんでくれているみたいだった。
まぁ、ちょっと困ったこともなくはないんだけど。
「ほら、あそこ写真撮ってもいいって。撮ろう撮ろう」
「また? しかもなんでわざわざ僕も一緒なの?」
写真撮影スポットが見つかるたびに写真を撮るのはおかしいことじゃない。昔のフィルムカメラと違って今の携帯なら何枚撮ってもそうそう容量はいっぱいにはならないし、失敗すればすぐに削除してしまえばいい。でもそのフレームの中に全部僕がいる必要はないと思うんだけど。
「だって、ナオを連れてるんだよ? 写真に残さないでどうするの?」
「そんな力説されても」
そう言いながらも僕は遥華姉の言う通りの場所に立って適当にポーズを決める。連射音が鳴ってまた遥華姉のフォルダの中に僕の姿が大量にストックされた。
「だって前は撮らせてくれなかったんだもん」
「あ、そういえば」
玲様も湊さんも僕が女装したときはどうしてか撮影会がセットになっていた。でも遥華姉とはアーケードを歩くだけでそういうのを形に残されるのは拒否し続けてきた。玲様と会ってからはやっぱり少し距離を置かれていて、遥華姉に写真を撮ってもらう機会なんてなかった。
そういうところがいけないのかな、と僕は思う。遥華姉を大切にしているつもりでもいつも周りに流されて、そうなると決まって一番の理解者である遥華姉に期待をしてしまっている。
遥華姉にとって僕がどれくらい大切なものなのかは面と向かっては聞けないけど、巨神兵じゃない遥華姉を知っている僕はきっと貴重な存在のはずだ。
「まぁ、いくらでもいいよ。減るものじゃないし」
「うん。ナオも強くなったよねぇ。でもねぇ」
「でも、何?」
「なんかさらっとポーズ決めちゃって。それも本物のモデルさんみたいに。昔の恥ずかしがってる感じが足りない」
あれだけ恥ずかしい思いをさせておいてそんないまさらなこと言われても。僕だって精神を正常に保つためにはいろんなところで強くなっていかなくちゃいけなかったのだ。
「別に決まってるってほどじゃないと思うけど」
「ううん。プロみたいだよ」
まぁある意味プロではあるかな。湊さんのところの浴衣のチラシに続いて、そろそろ佐原先輩のブライダルショップでも僕のウェディングドレス姿がたくさんの本物の花嫁さんの前に晒されることになる。
それに変にビクビクと周りを警戒しているよりもこうして普通に過ごしている方が女装だってバレないコツだということも学んだ。私は女です、って顔をしていれば、もし気がついた人がいたとしてもそれをむやみに詮索しようとはしないものだ。もしかすると今この動物園で一番の珍獣は僕なのかもしれない。
お昼には園内の売店でしか食べられないというプレートに、暑い日にはたまらない練乳たっぷりのかき氷。中盤からは僕も遥華姉のシミュレーションに慣れてきて、ゾウやシマウマとの戦い方を聞きながらいつもとは違う動物園を楽しんでいた。
「大体回っちゃったね」
「うん。あとは、これはいいかなぁ?」
「何があったっけ?」
パンフレットを見ながら、歩いてきたルートを追いかける。この辺りでまだ見ていないのは。
「小さな動物ふれあいコーナー? いいじゃない。遥華姉は好きでしょ?」
小さいものや可愛いものなんて遥華姉の好きなものランキング不動の一位だ。その中で順位はつくんだろうけど、とにかく嫌いなわけがない。
「でもね」
「でも?」
「私はナオが一番かわいいと思ってるから。今日はそれだけで満足なんだぁ」
そんな嬉しそうな顔で言われると、ちょっと困る。遥華姉がかっこいいって言われるのがちょっと苦手なように、僕だってどうせならかっこいいと言われたいと思っているのだ。そう言われてもうまい返しが見つからない。
でも今日は遥華姉に楽しんでもらう日だから。せっかく来たんだし隅から隅まで楽しんでもらいたい。
「ふれあい中は撮影していいみたいだよ」
遥華姉の体が少し揺れる。
「僕が抱っこしてるところとか撮ってもいいよ」
遥華姉の心も揺れている。
「ひよことかウサギとかがいるみたい。うりぼうもいるって」
「……行く」
あ、折れた。
まったく素直にそう言っておけばいいのに。僕に遠慮することなんて一つもないのだ。だから僕たちは幼馴染で、ずっと一緒にいられるんだから。
遥華姉は嬉しそうに笑うと僕の手をとった。あのコーナーに入っても、これは自分のだけのものとでも言っているようで、僕はその手を握り返す。
でも、僕はこの後やっぱりやめておけばよかった、と後悔することになった。
「ふふふ、かわいいー!」
「あの、遥華姉? ちょっと落ち着いて」
「大丈夫。私はいたって落ち着いてるから」
全然落ち着いてないよ。僕の膝にはウサギが一羽。そして腕にも一羽。ついでに僕を気に入ったのか足元にも二羽。せっかくのふれあいコーナーなのに一人で独占して申し訳ないけど、なんだか周りも喜んでいるからよしとしよう。
そして、その中でも一際喜びを前面に出しながら、カメラのシャッターを切りまくっているのが遥華姉だ。すごく目立つ。僕より目立つ。こんなに遠くに来たっていうのに、また遥華姉の新しい伝説が生まれそうになっている。
「そろそろ戻る?」
「待って! あと一回。うりちゃんと一緒に」
「はいはい」
結局遥華姉自身はほとんど触ってないんじゃないの? 本人が楽しそうだからいいけどさ。
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