ウェディングドレスは無垢な純白で守られてⅩ

 なぜか一時的にアイドル状態になった僕はそのまま子どもたちに囲まれて、動物とのふれあい方を教えてあげていたら結構な時間になっていた。その間も遥華姉は楽しそうだったからいいけどさ。僕はふれあいコーナーの動物じゃないんだけど。


「最後にもう一回ホワイトタイガー見て帰ろっか」


「ナオ、気に入ったの?」


「なかなか見られないしね」


 かわいい動物もいいけど、やっぱりあんな風に見ただけで分かる強さっていうのにも憧れてしまう。あの赤ちゃんですら数か月すれば僕では敵わない強さに成長してしまうのだ。野生で生きていくっていうのはつまりそういうことだ。あの子はずっと動物園暮らしだろうけど。


「じゃあ最後に見ていこうか」


「朝は大人の方もちゃんと見れてないし」


 檻の前は開園のときよりはいくらかマシだったけど、それでも行列とそれなりの人の数が夕方になって少し元気になった姿を楽しんでいた。


「やっぱり強そうだなぁ」


「そりゃトラだもん」


 そのトラ相手に勝てそうって言っていた自分はなんだと思ってるんだろう? これで強いって言われるのが嫌だっていうんだから不思議だ。


「あの爪に牙。そして時速六五キロになる俊敏性。強敵だな」


 そして、隣でも遥華姉と同じようなことを言っている人がいる。武道家は動物園に来てシミュレーションするのがブームになっているんだろうか。

 いったいどんな人だろう、と顔を見上げる。遥華姉とそう変わらない身長の男の人の顔は最近僕を惑わし続けている、あの宮古先輩だった。


「あれ、どうしてここに?」


「え?」


 僕の声に気がついて、宮古先輩も僕を見下ろした。葛橋で一度会っている。そしてそのとき妙な雰囲気になったのも覚えている。ちょっと、マズいかも。


「また、お会いしましたね」


「えぇ、こんな偶然もあるものですね」


 とっさにあのときのことを思い出して話を合わせる。今の僕は誠心女子のお嬢様女子高生。よし、たぶん大丈夫。


「今日はどうしてこちらに?」


「剣道の試合の前に、より強い相手を、動物たちを見て士気を高めようと思いまして」


 あぁ、もう。剣道家っていうのはどうしてこうおかしな人ばっかりなの。試合でいい結果を残すなら、動物と戦うことを考える前にやることがあるはずだ。


「そ、そうなんですか」


 こんなイケメンでもそんなこと言いだしたら普通の女の子は引いちゃうと思うんだけどなぁ。顔に似合わず剣道バカなのかもしれない。


「あなたはどうしてこちらに?」


「今日は遥華姉、さまと一緒に遊びに来たんです」


 お嬢様学校ならお姉さまとか言っておけば違和感ないかな? 僕のお嬢様学校の知識は有名なライトノベルをマンガ化したやつでしか知らないんだけど。


「大串さんと。今日も一緒だったんですね」


「今日、も?」


 この間は勝手に追いかけていっただけだし、遥華姉と女装した僕が一緒にいるときに会うのは初めてのはずだ。それなのに、今日もっていったいどういうことなんだろう。僕が聞けないままでいると、ようやく気がついた遥華姉は僕と宮古先輩の間に割り込んだ。


「先輩、こんなところで奇遇ですね」


「あ、あぁ。大串さん」


 遥華姉の顔を見て、宮古先輩が少しひるむ。喫茶店での一件があるからだろう。それにしてもなんでそんな簡単に女の子に声をかけられるのかな、と思ってよく考えたらどっちも僕から話しかけたことに気付く。面倒事を増やしているのは僕の方か。


「今日もいとこの子と一緒だったんだね」


「はい。今は学校も休みなので」


「じゃあ、その子は今小山内道場に?」


 え、もしかして僕だってバレてるの!? いや、それにしてはあまりにも扱いがおかしい。どう考えても女の子だと思っている。そりゃちょっと変わった趣味の可能性もあるけど、そんな感じはしなかったし。

 自分の格好を見て、僕も他人の事言える立場じゃないけど、とは思う。人の集まる動物園にこんな服を着てきているんだから。


「はい。夏休みなので」


 夏休みじゃなくても家にいるよ、と言おうとして遥華姉が僕の背中を撫でた。ちょっとくすぐったくて体が跳ねる。これは話を合わせろってことなんだろうな。いったい何を言ったんだろう。


「えっと、お名前を」


「あ、この子はナオのいとこのスグハちゃんです」


 遥華姉がとっさに答える。よくそんな名前が出てきたな。

 スグハ、漢字で書くと直刃すぐは。じいちゃんが僕につけようとした名前だ。その場でお母さんと、その頃はまだ生きていたばあちゃんに即却下されたらしい。そもそも日本刀って曲刀なんだけど。それで物騒な刃だけとってなおになったという話を何度も聞かされた。遥華姉も知っている。


「素敵な名前ですね」


「あ、ありがとうございます」


 確かに音だけ聞けば女の子らしい名前に聞こえる。どうやら宮古先輩は僕が遥華姉とよく一緒にいる女の子だと思っているらしい。もちろん小山内直とは別人で。そして、遥華姉は僕だと悟られまいとこうして苦しい嘘をついているのだ。


「この後よければ一緒に夕食でも」


「すみません。この後はまだ予定があるので」


 そう言って遥華姉はそそくさと宮古先輩から逃げ出した。

 待って、という制止も聞かず、ホワイトタイガーの檻から離れる。さすがにいろいろと思うところがあるみたいで、宮古先輩は追ってこなかった。

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