ウェディングドレスは無垢な純白で守られてⅪ
動物園を出て駅に向かう道の途中で少しずつ遥華姉は宮古先輩のことを話してくれた。最初は遥華姉が宮古先輩に恋してるって思っていたのに、僕の勘は少しも当たっていなかった。僕の男の勘は全然冴えていないらしい。
「前にアーケードで何度か見られてたみたいなの」
「それってずいぶん前からなんじゃ」
「うん。でももうすぐ卒業だからなんとか紹介してほしいって最近言われてね。お嬢様といるところも見られてたのかな」
そういうわけで将を射んとする者はまず馬を射よ、ってことで遥華姉にいろいろとお願いしたり逆においしい洋菓子店を紹介したりしていたということだった。
「なんとかごまかしてたんだけど、まさか葛橋まで追いかけてくるなんて」
「だって遥華姉が心配だったんだもん」
「それは聞いたよ。私には恋なんて無理なんだって」
そう思っているのはきっと遥華姉だけなのだ。玲様だって湊さんだって遥華姉と宮古先輩が二人で出かけているのを見て恋人でもおかしくないと思っていたはずだ。遥華姉のかわいいところとか素敵なところを僕たちはたくさん知っている。だから、それに見合った男の人が隣にいてくれなきゃ許せないのだ。
「それでそのスグハは誠心女子に通う僕のいとこでときどき遊びに来ているってことになったんだ」
「私がナオのとこの道場に行ってたのはみんな知ってるし」
苦しいけど、しかたないか。僕だってそんなややこしいことになっているなんて思ってもいなかったし。それにしてもまさかそんな厄介事がすぐそばでくすぶっていたなんて。僕はもしかして導火線のすぐそばで火花を振り回していたようなものなんじゃ。
「でもそれなら早く相談してくれればよかったのに」
「言えないよ。うちの部活の先輩がナオのこと好きだなんて」
「それは確かにそうだよね」
人間には簡単に人に言えないことがたくさんあるのだ。複雑に絡まった人間関係の網目に絡めとられないように僕たちは必死にその隙間を縫って生きているのだ。刀で一刀両断できればどんなに簡単かと思うときもある。
「それにね」
「それに?」
まだ何か問題でもあるのかな。不安な声で聞き返した僕よりも弱々しい声で遥華姉はこぼれるように言葉を漏らした。
「最近のナオ、私を頼りにしてくれないもん。困ったらすぐにお嬢様だもん。私だってナオのお姉ちゃんなのに」
「それは、ゴメン」
深刻そうな声は僕の胃の中に流れ込んで大きく膨らんでいく。僕が気にしていた以上に幼馴染孝行が足りなかった。ううん、そもそもの関係が変わりすぎていたのだ。遥華姉にとっては僕はやっぱり弟のようなもので、うまく友達が作れない僕の近くにいる一番の味方だった。
それが最近は玲様ばっかりだ。今回だって僕が最初に泣きついたのは玲様だった。そりゃ遥華姉のことを本人に相談するわけにはいかなかったんだけど。あの人には当然干将さんと莫耶さんがついていて、遥華姉と同じくらい頼りになる。それに二人は大人なのだ。つい解決してくれることを期待してしまう。
「だからなんとか解決して、ナオにまたお姉ちゃんとして認めてもらいたかったのに」
「遥華姉はずっと僕のお姉ちゃんだよ」
今までもこれからもずっと遥華『姉』なのだ。それはきっと一生変わらないと思う。どんなところでどんなことをしていたって、変えられようがないのだ。
「でもどうしようか。これでナオのところに先輩が来たらどうやってごまかそう?」
「うーん、やっぱりこういうときは先手を打つべき?」
もう事態はそこまで迫っている。そういうときは待つんじゃなくて自分から相手に向かっていった方がいい。それは剣術における戦法の一つなんだけど、今回は兵法も当てはまってくれそうだ。
「じいちゃんの教え。ひとつ、問題を解決すると決めたら」
そう言って僕はそこで言葉を止める。これは小山内道場でも知っている人はいない。だってあそこで習っている道場生は剣道を習いに来ているのだ。でも僕と遥華姉は違う。小山内流剣術も習っているのだ。だから知っている。玲様も湊さんも知らないたくさんの合言葉。
「斬ってしまうのが一番早い!」
にこりと笑って遥華姉は答える。ほら、僕たちは変わらず繋がっている。たくさんの思い出とずっと一緒にいたいという同じ気持ちで。
駅に着く頃には遥華姉の機嫌はすっかり直っていた。動物園のおかげじゃない。こうしてきちんと話をすればいつだって分かり合えるのだ。だってそれが幼馴染ってことだから。
電車の席に二人並んで、顔を近づけて話をする。でもそれは少しも甘酸っぱいものではなくて、宮古先輩に諦めてもらうためのあまりに強引な作戦だった。
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