深夜のカチコミは着慣れた普段着でⅧ
日曜日のお昼といっても、田舎には人が集まるような場所もないから休日だからといって人の数が増えることはない。だから家の前に黒服さんが大量に集まっていれば目立つはずだと思っていた。
「あれ? 全然大丈夫そうだけど」
それなのに僕の家は平常そのもの。黒服さんの姿がないどころか、
「既に鎮圧されたのでしょうか?」
「莫耶、不穏なこと言わないで」
乱暴なことはされてないと思うけど、莫耶さんの言葉を聞くと不安になってくる。僕が鍵のかかっていない門を開けて中へ入ろうとすると、隙間からものすごい速度で竹刀の先端が伸びてきた。
それをなんとか寸でのところでかわす。意外とこういうのには反応できるんだな、僕って。自分の意外な危機管理能力に感心していると、門が勝手に開いて中からじいちゃんが顔を出した。
「また来おったか! ん、直か」
「じいちゃん、相手を見てから攻撃してよ」
「すまんすまん。しかしよくかわしたな」
そんなこと褒めてくれなくてもいいからさ。どうやらじいちゃんが全員追い返してしまったらしい。強いことは嫌になるくらい知ってるけど、まさか中条家の護衛すら追い返してしまうなんて。ここの道場の跡を継ぐのはやっぱり簡単じゃないみたいだ。
「やっぱり黒服の人がたくさん来た?」
「やっぱりあれお嬢様関係だったの? 私、酷い言われようだったんだよー」
みんなを連れて中に入ると、遥華姉が縁側で竹刀を持ったまま膝を抱えて丸まっていた。また巨神兵って言われたんだろうなぁ。遥華姉とじいちゃんが竹刀を持っていたんじゃ確かに分が悪いのかもしれない。
「あなたたち二人で追い返したの?」
「なんか女の人がナオを出せー、って怒ってたけど、一緒に来た黒服の人を何十人か竹刀で叩いたら帰っていったよ」
「どうやら直の剣道場を甘く見ていたわ。これほどとはね。なんにせよ無事なら良かったの、お疲れ様」
あの玲様が遥華姉を労っているなんて、内心相当心配してくれていたんだろう。ほっとした様子で玲様は縁側に腰かけると、大きく安堵の溜息をついた。僕も近づいていくと遥華姉の顔には涙と一緒に汗が流れた後が見える。練習を続けているのは知っていたけど、それでも黒服さんの相手はかなり大変だったんだろう。
「全然無事じゃないよ。鉄海さん怒ると止まらないんだから、血が騒ぐって。最初は真剣取り出そうとしてたのを止めるの、とっても大変だったんだから」
遥華姉は疲れた体を動かさないまま絞り出すように答えた。それで代わりに竹刀で黒服さんを蹴散らしていたらしい。それができることにも驚きなんだけどさ。
それにじいちゃんを止めてくれたのは本当に感謝しないといけないな。うちの家族から人斬りが出たとなってはきっとここには住んでいられなくなってしまうだろう。
「じゃからわしも竹刀しか使っとらんじゃろう?」
「いや、それが普通だよ。じいちゃんだったら木刀でも当たりどころが悪いと人が死んじゃうんだって」
僕だってお説教に竹刀で叩かれてできたあざの数は数えきれない。あれが木刀、まして真剣ともなれば、今頃ここは血の海になっていたかもしれない。
「みんなお疲れみたいだから、お茶でも入れましょうか?」
そんな嵐の爪痕が残る庭の縁側で、お母さんだけがいつも通りどこか抜けた調子で声をかけてくる。
「そうしようか」
「我々は念のため周囲を確認してきます」
干将さんと莫耶さんは揃って外へと出ていってしまった。後でじいちゃんと交代してもらって休んでもらおう。あの二人だっていろんなことに気を回して疲れているに違いないんだから。
居間に座って、出してもらったお茶を一瞬にして飲み干した。のども渇いていたけど、お腹も空いている。玲様がいなかったらいますぐ冷蔵庫の中を覗き込みたい気分だ。そんなことしたらまた不機嫌になりそうだからぐっと我慢する。
「へぇ、家出してきてたのねぇ」
お母さんに事情を説明はしてみたんだけど、予想通りというかぼんやりとした反応しか返ってこなかった。
「お母さん、そんな猫か何かじゃないんだから」
良家のお嬢様が家出ってとっても大変なんだよ。僕は身をもってそれを痛感しているところだから、
「ご迷惑をおかけしています」
外面モードの玲様が丁寧な言葉遣いで頭を下げた。何度見てもこの玲様には違和感があるなぁ。正直に言うと、ちょっとわがままな玲様のほうが可愛げがあっていいかもしれない。湊さんの気持ちがやっとわかってきたかも。
「それでなんでここなの? ナオなの?」
「それは、僕が玲様の家出をそそのかしたと思われてるみたいで」
「はいぃ!?」
あ、巨神兵が目の前に降臨した。乙女としてはいろいろ間違っている表情で玲様を睨みつける。一瞬で玲様は全身を液体窒素に漬けたみたいに固まってしまった。
「いや、その勘違いなのはそうなんだけど、お母様は一度思い込むと頭が固いから」
「その頭の固いお母さんを野放しにしてるのは誰なの?」
「本当にすみません、私です」
やっぱり玲様は遥華姉には勝てないみたいだ。いつも以上に下に出ているのは、自分をずっと守ってきてくれた黒服さんまで退けたんだからもう勝ち目はないと感じているからかもしれない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます