深夜のカチコミは着慣れた普段着でⅦ
「さぁ、洗いざらい話してもらいますよ」
立ち上がって服に着いた土ぼこりを払った玲様のお母さんが僕に指を突きつける。
「なんかドラマの悪役っぽい」
「黙りなさい!」
叫ぶ声は声は震えている。あんまりこういうことには慣れてないんだろう。遥華姉が怒ったときに比べたら全然怖くないと思えてしまう。
でも玲様に雰囲気が似てるからつい茶化してしまったけど、周りにはどんどんと集まってきていた黒服さんで完全に囲まれている。特撮ヒーローならかっこよく倒してしまうんだろうけど、僕にはそんな力はない。
どうしようかな。謝ってもいいんだけど、それだと後で玲様になんて言われるかわかったものじゃないし、せっかく充実していたと思っていたお休みが最悪の一日なってしまう。この後どこに連れていかれたものかわからない。なにより持ち主の玲様が戦う姿勢を見せているんだから、お人形の僕が勝手に負けを認めてはいけないのだ。
はったり代わりに両手を広げて腰の辺りに構えた。じいちゃんの知り合いの空手家さんに教えてもらったんだけど、どうにも僕には合わなかったから突きも蹴りも空っきしでこれだけしかできない。
それでも一度不意打ちで投げ飛ばしたこともあって、僕を囲んでいる黒服さんは少し戸惑ってくれている。その一角が急に崩れて、白いボディの軽自動車がゆっくりと走り込んできた。
「直、こっちよ」
「玲様?」
開いた窓から玲様が顔を出している。まだ完全には止まっていない車に莫耶さんの手で引き上げられると、そのまま一気に速度を上げて走り出した。遠くで何かを言っている声が聞こえるけど、風を切る音に邪魔されてよく聞こえない。
「さっき黒服さん
「あの程度で倒れるようなら中条家の護衛はできません。ご安心を」
「その答えを聞いてご安心できないよ」
莫耶さんは当然、という顔で答えてくれる。中条家はただの大地主で何も黒いところなんてないですよね?
玲様は助手席で面倒そうな顔をして、僕のことをじとりとした視線で見ていた。そんな顔しなくてもいいじゃない。
「まったく手のかかるお人形なんだから。せっかく私がいろいろ考えてあの人にバレないようにしてたのに。湊が勝手なことするから」
「しかたありません。かなり監視を強化していたようですし、湊様は知らなかったのですから」
あぁ、そうか。ちょっと学校から出るだけでもウィッグや制服まで用意させていたのはこうなることがわかっていたからなんだ。僕に迷惑をかけまいと思って、あんなことまでして。偉そうなことを言っていてもちゃんと僕のことを考えてくれていたのだ。
「まだ直に着せてない衣装が山ほどあるんだから。こんなところで家に帰るなんて、絶対に嫌なんだから」
あ、そんなこと全然ないみたいだ。その方が玲様らしくていいと思うけどさ。
「でも監視なんて何でしてたんだろう?」
「なにかしっぽを出すと思ったんでしょ。暇そうだし。直も監視くらい気付きなさいよね」
「あぁ、最近よく見られてるような気がしてたのはそれだったんだ」
女装しているのがバレていてみんなが見てくるのかと怯えていたけど、どうやら真相はそういうことらしい。どちらにしてもあまりいい意味じゃないんだけど。
「でも僕がここにいること、よくわかったね」
「直に友達がいないからよ。遥華と湊に連絡したら湊がすぐに白状したわ。勝手に人のものを連れだすなんて、これが終わったら仕返ししておかないと」
わざわざ朝早く学校に来て、僕にお願いしていたくらいだもんなぁ。玲様にバレたくなかったんだろうけど、非常事態だから諦めてもらおう。
「それに友達いないってはっきり言われるのはちょっとショックだなぁ」
当たっているだけに反論のしようはないんだけどさ。僕に友達が少ないのはいろいろと理由があって、今はその一端を玲様が担っていることもわかってほしいよ。
「安物の車は揺れるわね。不快だわ」
車の少ない農道を走っている助手席で玲様は不満を漏らした。そりゃ土を固めただけの道なんだからでこぼこしていて何に乗っていても揺れるのは仕方ない。そもそも高級車に乗っていたら汚れてしまうからまず通らない道だろうし。アスファルトで固めてしまうと夏場は長靴の底が溶けて大変だと聞いたことがある。
「この車はどうしたの?」
「借りたのよ。レンタカーなんてものがあるのね。また一つ勉強になったわ」
玲様は平凡な僕にとっては人生最大級の大ピンチだっていうのに、さも楽しそうに笑いながら答えた。こんなこと日常茶飯事なんてことはないと思いたい。
「でもこれからどこに行くの?」
農道を飛ばすレンタカーの行き先は僕にははっきりしない。ただあの場所から離れようとしているだけにも感じられた。
「とりあえずお二人の安全を確保してから、直様のご自宅の安全を」
「ちょっと待って。そっちに手回ししてないの!?」
干将さんの話を聞いて、玲様がようやく慌てた様子を見せる。
「今玲様についているのは我々二人だけです。すべては無理ですよ」
「なら、今すぐ直の家に行くわよ。地元の家に迷惑をかけたなんて中条の名折れじゃない!」
今まで散々迷惑をかけてきたっていうのに今さらでしょ、なんて言うわけにもいかない。玲様は気まぐれだけど、自分の中で譲れないラインをはっきりと持っているのだ。
僕の女装は女の子に見えなきゃいけないし、マンガは諦めないし、相手が本当に嫌がっていることは強要しない。
だから玲様がやると言ったことは必ず実現させてあげたくなる。
「干将さん、行きましょう」
玲様の背中を押すつもりで、僕は強く言い放った。
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