エピローグ

エピローグ

 イベントの熱もずいぶんと収まってきた。遥華姉もインターハイの付き添いから帰ってきて、日常が戻ってきている。


 宮古先輩は、この勝利をスグハちゃんに捧ぐ、とかカッコつけて優勝候補の対戦相手に善戦したけど、惜しくも初戦敗退だったらしい。


 でも内容もよかったからいくつかの実業団に誘われてるみたい。本当にあの変な性格じゃなければ尊敬できるのになぁ。


 奈央さんのゲームコラボも好調みたいで、クラスでもときどき話題になっているのを耳に挟むことがある。玲様もコラボを機に始めたみたい。課金しすぎないように気をつけておかないと。


 今日はお疲れ様会という名目で、玲様の部屋に集まった。ご褒美ということでスナック菓子も炭酸飲料も解禁らしい。僕としては前に一度食べた高級な和菓子もまた食べてみたいと思っちゃうけど。


「そういえば玲様の同人誌って全部売れちゃったんだよね?」


「そうね。次はまた新しいのを描くわ。次を描いたら前の作品は見劣りしそうだし」


「そっかー。でもちょっと残念かな」


 最後は奈央さんのおかげで一気になくなっちゃったからもう手元には残ってないってことだ。結局完成した同人誌を読むことはできなかった。


 データにして印刷会社に送っているんだからパソコンの中には残ってるんだろうけど、やっぱり本の形になってるものが読みたかったよ。


「何が残念なのよ」


「だって玲様のマンガなくなっちゃったんでしょ。欲しかったな、って」


「ふふん、私をあなどらないでよ」


 いや、今までの玲様見てたら侮らないわけがないよ。本当はしっかりしてるのに、肝心なところでうっかりしたのは一度や二度じゃない。


 でも今回の玲様はひと味違ったみたい。じらすようにゆっくりと紙袋を取り出した。


「印刷したとき余部が入ってたのよ。ちゃんと最初からキープしておいたわ」


「あのお嬢様が抜かりないなんて珍しい」


「せっかく黙ってたのに」


 ほら、玲様の顔が不機嫌そうに変わっている。遥華姉は文字通り怖いものなしだからいいけど、玲様のフォローをするのは僕の役目なんだからね。


「そんなこと言うとあげないわよ」


「まぁまぁ。遥華姉は主人公のモデルもやってもらったんだからさ」


「直は遥華に甘いんだから」


 しかたない、というように玲様が僕と遥華姉に一冊ずつ同人誌を渡してくれる。売り子としては何冊も渡したけど、自分がもらうのは初めてだ。


「ほら、私もコスプレ作るの頑張ったよ!」


「小道具のために頑張ったのは僕なんだけど」


「はいはい、湊の分もあるわよ」


 湊さんも受け取ってさっそく中身を確認している。僕も表紙に目を移すと、確かに僕に似た女の子が竹刀を構えている。


 ストーリーはよく覚えている。強さとかわいさは同居しないと思っている女の子の苦悩は、遥華姉を見ているだけあってリアルだ。動きのある絵も僕が体をつりそうになりながらモデルをしただけに、構図がキマっている。


「そういえばお母さんには渡したの?」


「えぇ、一応ね」


 玲様はそう答えて溜息をついた。あんまり喜ばれなかったのかな。最初は反対していた玲様のお母さんだったけど、マンガの環境を整えたり、バイト先を見つけてきてくれたりと最近は超がつくほどの協力っぷりなんだけどなぁ。


「読んでくれたんだけど、何も言わずに仏壇に飾ってるのよ。困っちゃうわ」


「ご先祖様にも読んでもらいたかったんだよ、きっと」


 お盆の前に作ってたらお墓参りにも持っていってたかもしれない。なんだか楽しそうなことになってるみたいでよかったよ。嫌われるよりいいもんね。


「はぁ。干将と莫耶は毎日読み返して感想を言ってくれるし、渡さなきゃよかったわ」


「喜んでくれてるんだからいいじゃない。僕のダンス動画と同じだよ」


「直の心が強いことがよくわかったわ。嬉しいけど恥ずかしいのね」


 わかってくれたならありがたいよ。


「だから話題が逸れるように新しいダンス動画を投稿しようと思うんだけど」


「全然わかってくれてない!」


 自分が嫌なことは他人にもしちゃいけないって小学校で教えてもらったでしょ。


 CMの人気は好調で、まだまだネット上での僕の噂は収まりそうもない。また新しい燃料を投下したらいつまで経ってもネット上で特定作業が続きそうだ。


 奈央さんの言ってたことを受け入れるつもりはないけど、いっそアイドルになった方が怯えなくて済むのかもしれない。


「次はどんな衣装にする?」


「この間のアイドル風も似合ってたけど、もう見たから何にしようかしら?」


「最近おとなしいのが多いから、もっとフリフリの派手なやつにしようよ」


 まったくもう。みんな僕の苦労なんて知らないんだから。


 でもちょっとだけ、またやってもいいとは思っている。だって初めてのことだったんだ、自分の持っている力が周りに認められたのは。


 玲様はマンガが描けて、遥華姉は誰よりも強くて、湊さんは衣装が作れて。


 僕には何もないと思っていたんだけど、やっと見つかった。欲しかったものとはちょっと違うけど、みんなと同じものがあるっていうのは僕にとっての宝物になる。


「それに曲も考えなきゃ」


「奈央ちゃんの曲じゃダメなの?」


「だって直のライバルの曲を使ってちゃ意味ないでしょ。もう誰か作曲できる人はいないのかしら?」


「うーん、知り合いの会社にいるかなぁ」


 また話が大きくなっている。僕を差し出せば何でも許してもらえるわけじゃないからね?


 お菓子を口に運びながら、僕は三人娘の次なる計画に耳を傾けている。もうすぐ冬がやってくる。道場の床から寒気が上ってきて足がしもやけになる時期だ。


 でも今年はまだ何かが起きるんじゃないかっていうドキドキとワクワクが待っているような気がするのだ。


 座ったまま片手だけでダンスの振り付けを思い出すと、繊細な手の動きに確かな手ごたえが返ってくるようだった。

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Qutie Crazy Doll ~僕は彼女の着せかえ人形~ 神坂 理樹人 @rikito_kohsaka

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