傑作はいつも頭の中にⅩ
「ほら、着てみたわよ。これで満足した?」
莫耶さんが手伝っていたのか。少し時間を置いて玲様はさっきとは正反対の不服そうな顔で部屋に戻ってきた。
「うわぁ」
思わず声が漏れた。僕なんかより何倍もお人形みたいにきれいな玲様が湊さんの作った衣装に身を包んでいる。それだけで感動してしまう。
艶のある黒髪と同じ黒基調のドレス。いつもはツーサイドアップの髪をキャラに合わせてツインテールにしてる。ちょっと不満そうにじとりとした目が、むしろキャラに合っていて演技でもしているみたいだった。
まだ小物の準備はできていないけど、このままイベントに連れていったって全然問題ないくらいに輝いて見える。
「どう? 結構自信作なんだけど」
「私はこんなもの頼んだ覚えはないんだけど。受注ミスじゃない?」
「いやいや、いつもひいきにしてもらっている玲様へのサービスでございます」
「だからその悪徳商人みたいな喋り方はやめなさいよ」
僕と同じで純和風の家に住んでいる玲様のドレス姿は初めて見た。美人には何でも似合うとは思うけど、こういう玲様もいつもと違っていい。
「これでイベント行けば目立つよ。嬉しいでしょ?」
「そうかしら? 私より直の方が似合うと思うけど」
そう言って玲様は少し恥ずかしそうに僕に視線を向けた。顔を赤らめてチラチラと視線が動いている。何か言ってあげなきゃ、と思ってはいるんだけど、僕にはそんな気の利いた言葉を思いつく頭はないわけで。
「すっごくかわいいと思う。玲様に似合ってる」
こんな月並みな言葉しか出てきてはくれないのだ。
「そ、そう? 直がそう言うなら今回は許してあげるわ」
「ほほう、ついに諦めたね」
「そういう湊の分はどうなってるのよ? 自分は着ないなんて言わないわよね?」
ゴスロリ姿の玲様はなんだかいつもにも増して迫力というか言葉に威厳がある。キャラになりきってるわけでもないのにそれっぽく見えてくるんだからおもしろい。
「そりゃ、まぁ一応ね」
「莫耶!」
玲様が呼ぶのが早いか。莫耶さんが湊さんをつかまえる。バッグを持ってそのまま隣の部屋に連行した。抵抗むなしく着替えさせられた湊さんがすぐに戻ってくる。
「なんか湊はガード固めね」
「そりゃ直くんみたいにはいかないよ」
「僕だって好きで薄着なわけじゃないってば」
湊さんはアイヌ巫女がモデルのキャラクター。ちょっと古いらしいけど、今でも衰えない人気があるらしい。
パンツルックだし、寒い土地の巫女ということもあって露出はほとんどなしに近い。でもお仕事で使っている黒髪のかつらをつけている湊さんは神聖な雰囲気がよく似合う。
「さすがに狼とか鷲とか連れていけないしねぇ」
「そもそも手なずけられないよ」
どれだけ本物にこだわるんだろう。湊さんって服のことになると人が変わったみたいに集中しちゃうんだから。本当に用意するとは思わないけど、犬くらいなら連れてきかねない勢いだ。イベントには連れていけないでしょ。
「それで、玲。着てみた感想は?」
自分に注目が集まっているのが恥ずかしかったのか、湊さんは話を逸らすように玲様に聞いている。玲様もようやく慣れてきたみたいで、自分の着ているドレスをじっと見ている。
「さすがに湊ね。よくできてるわ。ただ」
「ただ?」
玲様は自分の胸元に手を当てる。
「ちょっと胸の辺りが苦しいかしらね」
「なん……だと……」
愕然として湊さんは持っていたバッグを畳の上に落とす。まだ遥華姉の分が残ってるんだけど、そんなこと今の一言ですっかりふっとんでしまったらしい。
「余裕をもって知ってるサイズより三センチも広くとっておいたのに。まさか、まだ成長しているというのか……!?」
「なんかキャラ崩壊してない?」
そのコスプレの元ネタもそんなキャラじゃないはずだ。いったいどれだけ驚くの、と思いながらも僕の目もついつい話題になっている玲様の胸元に吸い込まれていく。
厚手の生地を重ねたドレスはまだウエストを絞っていないからシルエットも膨らんで見える。それでもなお、玲様の胸はそこに圧倒的な存在感を示している。
この衣装でこれなんだから、僕に着せようとしていたあんな肌面積の多いコスプレなんて着せた日には。
ダメだダメだ。頭に生まれそうになった想像を振り払う。あんな凶悪なものはたとえ想像の中でも存在してはいけない。やっぱり玲様にコスプレなんてさせようとしたのが間違いだったのかもなんて思えてくる。
「どうしたのよ? 二人とも急に黙っちゃって」
当の本人はこれだもんなぁ。干将さんと莫耶さん、他の黒服さんも過保護になりたくなるのもわかる。こんな人を野に放したら何が起こるかわかったものじゃない。
「サイズ測りなおすから向こうの部屋に行こ」
急にテンションの下がった湊さんに、玲様は不思議そうに首をかしげている。遥華姉はそういうこと気にするような印象はないけど、いったいどんな反応をするのかちょっと気になる。遥華姉だって女の子だもんね。
胸の大きさなんてよくわからない。自分の胸を触ってみるけど、当たり前だけどまっ平らでごつごつとした感触が返ってくるだけだった。僕が他の男の子を見て身長が高いのを羨ましく思うみたいなものなのかな?
「っていうかそろそろこれ着替えてもいいのかな?」
どこかに連れ出されるでもないし、写真を撮られるでもないって平和なんだけどいつもと違ってなんだか落ち着かない。こういうときに遥華姉がいると場が引き締まっていいんだけどなぁ。
そんな便利屋みたいな幼馴染はもうすぐ来るはずだ。僕はコスプレのまま座り込んで、干将さんが持ってきてくれたお菓子に手を伸ばした。
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