メイド服はロングスカートと編み上げブーツが大正義Ⅵ

「というわけでね」


 遥華姉の女装させられていること。それは僕にとってはとっても不本意であること。玲様にそれをネタに脅されていること。


 話してみると内容が単純なだけに自分はどれほど今までの行いが悪かったのかと反省したくなる。それでも玲様がマンガ家を目指しているという話だけは伏せておいた。お店では普通にデッサンしていたけど、部屋でノートを見たときはかなり焦っていたし湊さんでも話していいのかはわからないから。


 お弁当を少しずつ食べ進めながら話していると、食べ終わった人は教室に戻り始めていて屋上はだんだんと空白が増えてきている。


「へぇ、直くん女装が趣味なんだ」


「全然話聞いてくれてないの!?」


 僕の反応が予想通りで満足だったみたいで、湊さんはくすくすと笑いながら僕の肩を叩いた。


「嘘、嘘。いやー、なんともドラマティックな話だったね。でもよくそれで怒らないでいられるね。玲だって嫌がる相手を強引に引き連れたりは、いやたぶんするけど」


 やっぱりするんだ。まぁ、そんなことはもう十分にわかっているんだけどさ。


「怒るタイミング見失っちゃったし、ちょっと同情というか、理解できるところもあるし」


「お人好しだねー」


 玲様と並んで遥華姉の顔が思い浮かぶ。玲様にかまっているせいで、最近遥華姉と疎遠になっているような気がする。というより遥華姉から僕を遠ざけているような気がする。お人好しっていうよりは僕は優柔不断なだけなのだ。


「でも湊さんも玲様のわがままよく聞いてるって」


 あんな高級呉服店で犬や猫にやれる布なんてまったくないはずだ。スーパーの福引の残念賞でもらえるタオルとは訳が違う。それでも僕を連れて玲様があの店に行ったということは過去にそのわがままに付き合ってあげたということだ。僕の名推理を自慢げに話す。そうだというのに。


「普通に玲様、って呼んでるの面白い」


 湊さんはまったく関係のないところがツボに入ったらしく、堪えきれずに笑い出す。確かに二つ先輩なだけの女の子を様、なんてつけるのはおかしい。本人もここにはいないのだからなおさらだ。


「まぁ、私もお店ではそう呼んでるから気にしないけどね」


「でもお客さんとお人形じゃ立場が違うよ」


「お人形?」


 そういえばそこを話してなかった。外向きには僕は女装した玲様の彼女だってことになっているけど、玲様にとって僕はただの着せ替え人形でしかない。マンガのことを知って少し扱いはよくなったのかもしれないけど、モデルとして使われているにすぎないのだ。


 彼女は僕を捨てようと思えば、いつでも捨てられる。そんな関係でしかない。


「なんかそういうの玲らしい気がする」


 悪い方向に向かいかけた思考を止めるように湊さんが言った。ただ僕の話を聞いて思ったことを口にしただけかもしれないけど、僕の頭を一度止めるにはちょうどいいタイミングだった。


「玲は家族のこと信用できないから。あんまり友達とか好きじゃないの。私もあくまで付き合いのある店の店員ってことになってるから。たぶん直くんのこと気に入ってるんだと思う」


「そうなのかな」


 僕が口に出してみてもなんの説得力もない。玲様は本当に僕のことをそう思ってくれているんだろうか。早く解放してほしいと思っているはずなのに、失うかもしれないと思うと急に惜しんでしまう。僕にとってはみんなそうだ。剣道も、遥華姉も、玲様も。


「そういえば玲様ってお母さんともあんまり仲良さそうじゃなかったな」


「うん。なんか進路でいろいろ揉めてるみたい」


「やっぱり」


 本人があれだけ家にいたくないと言っていたし、話しているところを見てもそうだとは思っていたけど。玲様はそういうのを面と向かって話したくないんだろう。湊さんにもマンガのことを言っていないくらいなんだから。


「だから直くんは玲の味方になってくれると嬉しいな」


「そういうことなら、頑張ってみる」


 そのためにはまず見捨てられないようにしないといけないかな。湊さんの見立てでは僕は玲様に気に入られているらしいけど、それだっていつ僕のことを不審に思って遠ざけるかなんてわからないんだから。


「うんうん。見た目通りのいい子で助かるよ」


「あの、一応僕同級生……」


 頭をぽんぽんと叩く湊さんに控えめに抗議してみる。身長のせいもあって若くというか幼く見られることは多いんだけど、今回は歳が同じだってわかってるんだから。


「私の方が二ヶ月年上だよ。玲から聞いた」


「そんなのほとんど変わらないよ」


「いや、断然私がお姉さん」


 もう姉はお腹いっぱいです。遥華姉と玲様だけで十分だ。


 ついでにお弁当も食べ終わって、お腹いっぱい。午後の授業も眠くならないといいんだけど。


「でもいいなぁ。近所にお姉さんいるんでしょ? 私もお姉さん欲しい」


「玲様がいるじゃない」


「玲は妹系だと思うけどなぁ。歳は上なんだけど」


 まぁ、わがままなところは確かに妹系と言えなくもないけど。背も僕よりちょっとだけ低いし。でもなんというか玲様は姉とか妹というよりお嬢様、っていうところが前面に出ているからザ・一人っ子って感じだ。甘えているのは親じゃなくて干将さんと莫耶さんになんだけど。


 湊さんと玲様の話をしていると、休み時間はすぐになくなってしまった。共通の話題が少なかったこともあるけど、やっぱり湊さんも玲様のことを心配しているみたいだ。


 親から勘当されたいなんて言っていたけど、何か他にいい解決方法はないのかな。お腹いっぱいになって緩んだ頭の中ではいい方策は浮かんでこなかった。


 そういえば遥華姉の様子を見に行こうと思っていたのに時間が無くなってしまった。きっと大丈夫だと信じているけど、一昨日の夜に見た泣き顔を思い出すとなんだか胃になまりを流し込んだような重たい気持ちがする。


「やっぱり手のかかる姉は一人で十分だよ」


 強がって言った僕の言葉を聞いている人はきっと誰もいない。

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