二章
メイド服はロングスカートと編み上げブーツが大正義Ⅰ
寝つきが悪かったせいか、まだ頭がぼんやりしている。悩んでいるときに真っ暗な部屋にいると、いろいろなことが頭に浮かんで少しも気が休まらない。朝、小鳥の鳴き声で目を覚ましたら、道場に行く気力すら浮かんでこなかった。
それでももう半月通っている通学路を間違えることはない。だからその途中に明らかに異質なものがあったなら、すぐに気が付く。たとえばやたらと大きな真っ黒な高級車なんかが
「どうしたの、眠そうね」
「玲様。おはよう」
どうしたの? と聞く気にもなれなくて、ぼんやりと挨拶をしてみた。でも玲様はそんなこと全然お構いなしに話を続けていく。
「部活は入っていないはずだけど、意外と朝は早いのね」
「うちは一家揃って早起きだから」
というよりはじいちゃんに合わせてるんだけど。むしろ今日の僕は寝坊している方だ。学校に行く時間もいつもより十分は遅い。玲様だってここで待ち伏せしていたんだからわかっているはずだ。
そうだ。そもそもなんで玲様がこんなところにいるんだろう? 学校は当然別の方角だし、朝から僕に会いにくる理由が。ぼんやりとしていた頭がそれだけでどんどんと起きはじめる。そしてこの危機的状況を脱するために周囲に目をやった。
「どうしたの?」
不敵な笑みを浮かべて玲様が一歩、僕に近づいた。何か嫌な予感がする。たぶんこれは当たっている。道の端を歩いていた僕の左側は用水路、前には玲様。今になってはもう遅いけど、後ろには干将さん、右側には莫耶さんが僕を逃がすまいと配置についている。
四面楚歌。ねずみ一匹逃すつもりのない布陣。僕は早々に逃げることを諦めて、玲様の話を聞くことにする。
「それでどうしたの?」
「直、これから少し付き合いなさい」
「いや、これから学校が」
一応抵抗はしてみるけど、たぶん効果はない。それどころかそれだけで干将さんと莫耶さんが僕を追い詰めるために一歩近付いてくる。そんなに警戒しなくてももうとっくに諦めているんだけど。
「一日くらい問題じゃないわ。こっちで理由は作っておくから」
「そういう問題じゃないんだけど」
自慢じゃないけど成績は中の上くらいだ。それでも高校生になったばかりでいきなり一日サボろうものなら、あっという間に劣等生まっしぐらだ。
「うだうだ言わないの! 私のお人形なんだから黙ってついてくる!」
玲様は僕の手を乱暴につかむと、そのまま引きこむように車の中へと僕を連れていく。元から抵抗するつもりなんてないから、定位置になった座席までいってそこに座った。背の高い車は僕の身長ならほとんど身を屈めずにすむから移動も簡単だ。
「また着替えさせるの?」
「わかってるなら心の準備は万端ね」
覚悟と諦めはまったく方向性が違うと思うんだけど。そんなことは言わないまま、僕はせめて無事に帰れるように、とわくわくを抑えきれない玲様を見つめていた。
また玲様の家に連れていかれるのかと思ったけど、どうやら今日は市街の方へと向かっているようだった。また別の服でも買いに行くつもりなんだろうか。この間は店員さん一人でお客さんもいなかったけど、他の人がいる中で買うなんて恥ずかしすぎるんだけど。
僕の不安なんてお構いなしに車は道を進んでいく。田舎道から大きな国道に入って数十分もすると、道はアスファルトできれいに舗装されてコンクリートの灰色が視界のほとんどを埋め尽くす。空の青は窮屈そうにビルの谷間から顔をのぞかせるだけだ。
干将さんの運転で間違いようもなく進んでいった車はビルの地下にある駐車場に入った。そこで車を止めて、エレベーターで上の階に上がる。玲様が押したボタンの目的地は四階だった。
「ここ、貸しスタジオっていうのがあるんだ」
エレベーターの中で見た案内のままに口に出してみるけど、僕は来たことがないどころか名前を聞いたのも初めてだった。こういうのってテレビ局とか出版社の中にあるものだと思っていた。
白い壁紙で汚れひとつないスタジオにはいろんな機材が置かれている。大きなライトが三つも置いてあるし、まだ壁際にもまとめてある。光を反射させる銀色のレフ板。それから三脚にカメラが固定されてスタジオの方へ向けられている。
「ここで何するの?」
一通りスタジオの中を見て回ったけど、ここでは写真を撮るためのスタジオらしい。それはよくわかった。でもなら僕がここに連れてこられて理由がわからない。玲様が急に写真家に目覚めたってことはないと思うけど。
「練習するのよ、絵の。当たり前でしょ」
「でもここって写真撮るスタジオなんでしょ?」
「そうよ。だからきれいに写すための道具がたくさんあるの。あの店じゃ薄暗かったから」
確かに昨日の呉服屋さんはちょっとばかり暗かったかもしれないけど、それとこのスタジオじゃ真逆だ。なんというか加減がなくて振り切っている感じ。玲様らしいと言えばそうなんだけどさ。
「それじゃ、今日の直の仕事はあれね」
玲様がスタジオの入り口の方を指差す。そこには莫耶さんが次々と移動式のハンガーラックにかけられた衣装を運んでいるところだった。軽く二十着はありそうだ。
「一応聞くけど、これもしかして」
「全部直が着るのよ。当然」
「やっぱり」
普通にコーディネートされた私服からなんだか見たことがないコスプレみたいなものまで遥華姉もそうだけど、いったいどこからこんなものを集めてくるんだろう。たぶん僕の身長的に集めやすいっていうのはあるんだろうけど。
なるようになるか、と僕は諦めて手招きする莫耶さんの方へ向かった。
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