メイド服はロングスカートと編み上げブーツが大正義Ⅲ

「ほら、早く」


 玲様がカメラを構えていた干将さんを急かす。


 いやいや、いろいろおかしいよ。怒ったにしてももうちょっとわかりやすい仕返しにしてよ。


「ではカメラは」


「莫耶がやって」


 玲様のお付きだからって干将さんが落ち着いたままなのも不思議だ。なんでそんなに慌てる様子もなく僕の方に近づいてこれるの。


「大丈夫ですか?」


「あ、はい」


 まだふらついている僕の肩をつかむようにして干将さんが支えてくれる。


「直様、可愛らしいですね」


 何その感想!? 他のタイミングで言われたらいつものことだと笑って流せるけど、玲様の命令を聞いた後だといろいろ勘ぐってしまいそうだ。


「ほら、早く」


「いやいや。本気で言ってるの?」


 玲様の顔は笑っているけどとっても怖い。本当にこのままだと危ない世界に引き込まれてしまいそうだ。そうだというのに僕のすぐそばにいる干将さんはまったく味方をしてくれる様子もないし。


 どうしよう、ともう一人この場にいる莫耶さんに助けを求めて視線を向けた。だけど、こちらは三脚に固定されたカメラの周りをぐるぐると回りながら首をひねっている。


「えっとこれはどうすれば?」


「ちょっと莫耶、まさかデジカメも使えないの?」


 呆れたように玲様が頭を押さえて首を振る。


「私が扱えるのは電気ポットまでなので」


「変わらないわよ! どっちもボタン一つ押すだけじゃない!」


 確かに電気ポットよりはボタンの数は多いかもしれないけど、最近のものは勝手にピントまで合わせてくれるから簡単だ。


 玲様は怒ったまま説明をするためにカメラに近づくと、シャッターのボタンを押す。でもカメラを覗き込んでいた莫耶さんの目の前でフラッシュが光ってしまった。


「な、閃光弾ですか」


「デジカメはわからないのに、閃光弾はわかるの?」


 当然の疑問が口から漏れるけど、隣に立つ干将さんは答えてくれない。その代わり笑いを堪えて玲様の方へ向かう。


「やはり私が撮るしかなさそうですね」


 どうやらこうなることは予想済みだったみたいだ。それならせめて僕には教えておいてくれればいいのに。干将さんは僕に目配せすると莫耶さんが動かしてしまったカメラの位置を直している。


「じゃあ莫耶が直のこと支えて!」


「キスした方がいいですか?」


「しなくていい!」


 お付きの人だから玲様には絶対服従、って感じのイメージだったけど、今のやり取りを見ると歳の離れた友達とか頼りになる兄弟みたいな雰囲気だ。莫耶さんは怒ったまま玲様の横を通り抜けて僕の方へと歩いてくる。いろいろ叫んでいたらいつの間にかブーツにも慣れてきていたんだけど、せっかくなので莫耶さんに支えてもらうことにした。でも肩を持たれるとなんだか緊張しちゃうんだけど。


「なんか硬いわね。もうちょっと動きのある構図にしてよ」


「そんなこと言われても僕にはよくわからないし」


「メイドっていったらこんな感じよ」


 そう言って玲様は胸の前で両手を使ってハートマークを作る。それだけなのになんとなく見惚れてしまった。やっぱりそういうのは女の子がやるから価値があると思う。僕がじっと見ているのに気付いたのか、玲様は恥ずかしそうにハートマークを作っていた手を崩す。


「なんで私がやらなきゃいけないのよ!」


「別に僕がやってって言ったわけじゃないのに」


 なんだか早くやらないと怒りがどんどん溜まっていってしまいそうだ。僕はさっき見惚れるほど見た玲様のポーズを思い出しながら真似てみる。


「やればできるじゃない。ほら、撮って」


 干将さんがこちらにカメラを向けて何度もシャッターを切る。目がくらむくらいのフラッシュが焚かれていて前が見えなくなりそうだ。自分の目が開いているかもよくわからなくなってくる。


「よし、それじゃデッサンするから」


「え、僕はこのまま?」


「ほら、動かないで」


 玲様がノートにペンを走らせはじめる。広いスタジオですぐに音を立てるのは玲様だけになる。


「集中してる」


「絵を描いているときの玲様はとても一生懸命ですから」


 もうほとんど後ろで立っているだけの莫耶さんがそう小声で言った。玲様が絵を描いているときは本当に真剣だ。一点の曇りもない目で僕を写し取ろうとノートと交互に見比べている。僕はあんな目をして何かに打ちこんだことが一度でもあっただろうか。


 何度かポーズを変えながら数ページを埋めた玲様は満足そうにようやく顔を上げた。


「次に行くわ。今度は衣装を変えてみましょう」


「わかった。次はどれにするの?」


「あら、もう嫌がらないのね」


 拍子抜けしたように玲様は衣装の方に目を向ける。


「うん。ちょっと見直したから」


 半分は嘘だ。真剣な目の玲様は初めて見たときから憧れるほどに輝いていた。普段の玲様もこのくらい真面目なら申し分ないのに。


「お人形の癖に生意気。莫耶、次はちょっとセクシー感のあるやつね」


「そんなぁ、褒めたのに」


 長く艶のある黒髪の間からちょっとだけ見えた玲様の頬はほんのりと赤く染まっている。僕の言葉は十分伝わっているみたいだ。


「こちらでいかがですか、玲様?」


「いいわね。直、次はチャイナドレスよ」


 またコスプレじゃない、と言うのもやめて、僕は玲様の命令に素直に従う。僕は彼女の着せ替え人形なんだから。

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