制服のスカート丈は校則遵守でⅩⅠ
土地が安いおかげか広めの店内では、学校がそのまま引っ越してきたようにいろんな制服で埋まっている。ここにもうちの高校の生徒がいるはずだ。僕に気付かないでいてくれるといいんだけど。
「ほら、直並んで」
「玲様は先に席に座っておく?」
町の人口の割に長い列の最後尾に玲様は僕を前に並ばせる。できれば目立ちたくないから玲様の後ろに隠れていたいんだけど。
「それじゃせっかくの注文ができないでしょ。直がお手本をやって」
「いや、一緒に頼めばいいんだから」
どうやらやれることは全部やりたいみたいだ。列に並んで店内を見回す玲様は周りからの視線を一点に集めている。今日は干将さんと莫耶さんがいないからお嬢様な態度は鳴りを潜めているんだけど、それでも内側から出てくるオーラは隠しきれないらしい。
僕らの番が回ってきても店員さんが一瞬息を飲んで玲様を見つめているくらいだった。それほどまでにこの場に似合わない気高さがあった。
「い、いらっしゃいませ」
「これはどうすればいいの?」
少し震えた声で挨拶した店員さんを無視して、玲様は僕の方を向いて聞いた。
「食べたいのを選べばいいんだよ」
「これはどんな味がするのかしら?」
「それは食べてみないと」
ジャンクフードの味の感想を聞かれても、あんまりいい言葉は浮かんでこない。そもそもハンバーガーっていうのは元々おいしく食べるというよりも楽しく食べることに主眼をおいたものなんだし。
「で、でしたらこちらの期間限定商品はいかがでしょうか?」
まだちょっと玲様に気圧されている店員さんがメニューの右端を指差してそう言った。
「じゃあそれにするわ」
「結構大きそうだけど」
「女性でもお二人ならちょうどいいと思いますよ」
もう女性二人、という言葉に動揺しないくらいには僕の心が砕けてしまっている。言い返す気力すら湧いてこないまま、ドリンクにジンジャーエールを二つお願いしてセットを受け取って席を探した。
できれば目立たないところ、と思っていても大繁盛の店内ではどこでも誰かの目がこちらに集まってくる。玲様は言わずもがなに目立つし、今まで聞こえてきた声を聞いてみると隣の僕もそれほど悪くない見た目らしいし。
なんとかカウンター席に二つ並んだ空きを見つけて誰かに座られないうちに確保する。すると、隣で玲様が低く唸るように笑い声を漏らした。
「ふふふ」
「その怖い笑い方やめてよ」
「悪いの?」
隣に座った僕を玲様が睨む。なんだか今日はいつもより威圧感がないからそんな表情でも女の子らしくて可愛く見える。そういえば今日は干将さんも莫耶さんもいないから正真正銘二人きり、つまりデートみたいなものなんじゃないかな? 僕はどうしてかスカート履いているんだけど。
「この間はベッドで寝たし、今日はハンバーガーを食べに寄り道。もうあの家から解放されたも同然と言えるわね」
「そんな簡単なことじゃないよ、きっと」
今目の前にあるハンバーガーだって、玲様は家から持ち出したお金で買ってきたのだ。それはつまり逃げ出してきた両親からもらったお金ということだ。泊まっているというホテルだってそうだろう。たとえ家に帰っていなくても親子の繋がりは簡単には消せやしない。
とはいえ、解決できない大きな問題よりも、僕は今目の前にあるそれなりの大きさをした困難に目が行ってしまう。具体的に言うと、受け取ってきたばかりの期間限定超巨大バーガーのことなんだけど。
「本当に大きいなぁ。どうやって作ってるんだろう?」
両手で持ってきたトレイは普通ならバーガーとポテトとドリンクが二つくらいずつは乗るサイズ。それが今はほとんど巨大バーガーで埋まっている。隅に押しやられるようにドリンクが居場所を欲しているし、使い捨てのナイフが添えられている。過剰な包装なだけだと信じて包みを開けてみたけど、全部食べられるみたいだ。
「いざとなったら直が食べてくれるんでしょ?」
「たぶん、大丈夫だと思う」
僕は一度開いて中身を見たバーガーをもう一度包みなおす。その上からちょっと頼りない使い捨てナイフの刃を入れていく。
「なんで紙の上から切るの?」
「型崩れしないからだよ」
こうすれば具材がはみ出たりしないまま切ることができるのだ。あまり口が大きくない僕は小さく切ってから食べるほうが楽なんだけど、これはちょっと切ったくらいじゃどうしようもなさそうだ。
「直って頭いいのね、意外と」
「庶民の知恵だよ」
意外と、って言われるのは結構傷つくんだけど。僕は半分を取り出して紙ナプキンに乗せて残りを自分の手元に寄せた。これは半分にしても強敵だなぁ。
「このまま食べていいのよね」
「そうだよ。さすがに知ってた?」
「失礼ね。マンガは山ほど読んでるんだから、完璧よ」
誇るところじゃないと思うんだけど。それにマンガでも噂でさえもこんな大きなハンバーガー見たことないよ。
玲様は豪快にハンバーガーを持ち上げようとして、手が震えている。それを見て、僕はまた包みに戻していくつかに切り分けてあげた。僕のはもう移しちゃったからどうにかして端を少しずつ食べるしかないかな。
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