夏の砂浜は水着で視線を独り占めしてⅡ
「まったく、いつ聞いても直の話はちょっとおかしいわね」
「それはお互い様だと思うよ」
僕だって玲様の感覚についていけないことはたくさんあったし。歳が同じくらいだからってこれまで経験してきたことが同じってわけじゃないのだ。だからこうして話をするだけで楽しくなれたりするんだけど。
「とにかくせっかくなんだからどこか行くわ。湊の予定も聞いておかないと」
「なんか妙にやる気だね」
「遥華の件が思ったより膨らまなかったから、今度は海でネタ探しよ」
「やっぱりそうなるんだね」
玲様が何も考えなしに遊びに行こうなんて言うはずもないか。それにみんなが一緒なら遥華姉もついてきてくれるだろうし。
「さて、水着を買いに行かないといけないわね」
「僕は着ないよ」
「裸で泳ぐつもりなの?」
「自分で用意するって話だよ」
先に牽制しておかないと絶対に僕に着せようとしてくるんだから。みんなで出かけるってことは周りに味方がいないってことでもある。自分の身は自分で守る。遥華姉もそう言っていた。
「そうねぇ、直にはどういうのが似合うかしら」
「全然聞いてないし」
僕の主張は早々にミュート設定にされて、玲様は楽しそうに思案を巡らせている。持ってくるのは玲様の自由だから、どうにかして逃げる方法を考えておかないとなぁ。
家に帰ってくると、ちょうど道場の練習が終わったところみたいだった。夏休みになったから練習時間も少し変わっている。旅行なんかで練習を休む道場生もいるから、いつもより少し数が少ない気もする。
「練習、ちょっとやっておこうかな」
夏場は夜の方が涼しいし、遥華姉が言った宮古先輩に気をつけて、って言葉も気になる。こういうときに強くなっておけば大丈夫って思っちゃうのは、やっぱりじいちゃんに思考が汚染されているんだろうな。今時それじゃ通用しないことなんてたくさんあるのに。
夕ご飯は控えめにして、お風呂の前に道場に入った。練習はちょっとだけ、そのつもりだったんだけど。
「あれ、ナオも練習に来たの?」
見事に遥華姉と鉢合わせた。最近はお互い練習しているのを秘密にしてないから別にいいんだけどさ。
「夏は暑いから夜の方がいいしね」
「考えることは同じだね」
そりゃずっとここに通って練習していたんだ。この道場が外と変わらない気温にしかなってくれないことを僕たちは嫌というほど身に染みてわかっている。
二人っきりの道場はやけに広くて、一緒に、と言いながらもなんだか不思議な距離感がある。遥華姉が振り下ろす竹刀が空気を切り裂くたびに自分との力の差を見せつけられるような気がして、ちょっと辛かった。
どうして僕は剣道をやめてしまったんだろう。そして今になってまた始めようと思ったんだろう。玲様に連れまわされているとトラブルに巻き込まれるから。そう理由をつけて始めたけど、なんだか今はそうじゃない気がしている。
ずっと続けていれば、あんな風になれたんじゃないかってそう思ってしまうからなのかもしれない。
「ねぇ、ナオは夏休みどうするの?」
「どうする、って玲様が海に行きたいとか言ってたけど」
「海かぁ。でも夏の海ってあったかいんだよね」
普通は温かいときに入るんだよ、海っていうのは。
「遥華姉は? 部活の合宿があるんだっけ?」
「うん。合宿って言っても半分旅行みたいなものだし、あんまり乗り気じゃないんだけどね」
剣道といっても部活は部活だ。貴重な高校生活をあの重くて臭う防具の中に詰め込んでしまうのはやっぱりもったいない。だから夏の合宿は道場こそあるものの、近くにアウトドア施設の揃っている場所でやるというのは去年聞いた話だ。
キャンプ場でご飯も作って、夜には肝試しもやる。海も近いから海水浴やマリンスポーツの体験もできるって言ってた。顧問の先生が優しい人でいいと思うけどな、僕は。
でも、そういう場所ならまた宮古先輩が遥華姉に対して何かやってくるかもしれない。そんなところに遥華姉を行かせるのもなんとなく嫌だ。
「だったら遥華姉も海に行こうよ」
「修行するために?」
「いや、たまには楽しく泳ごうよ」
強いって言われるのが嫌だから剣道をやめたのに、やっぱり根本的に遥華姉はどこか間違っている。その責任の大半はうちのじいちゃんにあるわけで。身内の失態はやっぱり僕が責任をとらないといけないのかな。
責任。どうやってとればいいんだろう? 男が責任をとるって言ったら、つまりはそういうことなんだけど。
「ねぇ、ナオ。またちょっと試合しない?」
「別にいいけど、なんで急に」
風切り音を立てて、遥華姉の竹刀の切っ先が僕に向けられる。それだけで僕としては参った、って言いたいところなんだけど。
「私が負けたら一緒に海に行って遊んであげる」
「僕が負けたら?」
「ナオには私が買ってきた水着を着てもらうからね」
「男用限定ならいいよ」
「それじゃ賭けにならないよ」
なんで僕がそんなリスク負わないといけないの。ただでさえ勝ち目のない戦いだっていうのに。でもそれってつまりはどっちになっても遥華姉は一緒に海に行ってくれるってことだよね?
「じゃあ試合してみようか」
どうせ負けることはわかりきっているけど、せめて今回は攻撃くらいはしかけてみたい。限りなく低い目標を心に決めて、僕は開始線の前に立った。
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