初イベントはワクワクとドキドキとトラブルが渦巻いてⅣ

 コスプレ広場を出て、どこまで連れていかれるのかわからないまま手を引かれている。その途中で僕はこの女の人がいったい誰なのかを足りない頭で推理していた。


 顔は見たけど知らない人だった。どこかで会ったことがあって僕が覚えてない可能性はあるけど、こんなところにいてしかも助けてくれるような人なら一度会ったら僕も覚えてるはずだ。


 スーツ姿には一応心当たりがある。玲様のお付きの黒服さんがこっそり見に来ていて助けに入ってくれたかもしれない。でももし出てくるとしたら干将さんか莫耶さんになる気がする。


 二人は玲様についてるかもしれないけど、向こうには最強のボディーガードである遥華姉がついているのだ。少なくとも一人は僕か湊さんを探してくれるはず。


「あの、どこへ行くんですか?」


「どこへ、って決まってるでしょ。もうリハーサル始まってるんだから!」


「リハ?」


 僕の疑問に全然答える気はないみたいで、握られた腕がさらに強く引っ張られた。イベント会場も出てしまって、隣の企業見本市の方へと連れていかれた。ゲーム会社のものだから同人イベントから回っている人もいるみたいで、コスプレイヤーの人もちらほらいる。


 その中を突っ切ってイベントステージの脇に連れ込まれた。


「まったく。趣味は知ってるけど、仕事をほっぽり出して遊びに行くなんて。しかもコスプレまでして。写真を撮られてネットにアップされたらどうするの?」


「え、何の話?」


「早く準備して。リハは一回通しでやるだけだから」


 メイクさんらしい人に湊さんのメイクを落とされて、コスプレを剥かれる。


「ちょっと待って。せめて人のいないところで!」


「わがまま言わないの。時間がないんだから」


 いったいなにがなんだか。玲様にコスプレさせた仕返しにしては手が込み過ぎている。ワンピースを引きずりおろされて、僕の体が露わになる。そこでようやくメイクさんの手が止まった。


「え? マネージャー、この人男の子です」


「だから恥ずかしいって言ったのに」


「あなた、誰なの!?」


 そんなの僕が聞きたいよ。いきなり連れ去られて服を強引にはぎ取られた僕は完全に被害者だ。とりあえず離れてくれたメイクさんからワンピースを受け取ってもう一度袖を通す。


「もしかして、私は人違いを?」


「そうだと思いますけど、誰と間違ったんですか?」


「奈央。本当にどこに行ったの?」


 奈央、という名前は僕と読みは同じだけど、心当たりがあった。遥華姉が僕に似てると言っていたアイドルの女の子。そういえばアニメ好きだって言ってたけど、キャラ付けじゃなくて本当だったんだ。


「えっと、人違いだったら、帰してほしいんですけど」


 湊さんとははぐれたままだし、戻らないと遥華姉だって心配する。玲様は怒ってるかもしれない。メイクは落とされちゃったけど、元々男に見られないこの顔だとそんなに違和感がないのが悔しい。


 乱れたコスプレを直して、ゆっくりと逃げようとする僕をマネージャーさんがしがみつくように止めた。


「待って。待ってください。失礼なことをしたのは謝りますので」


「いや、それはもういいんですけど」


 トラブルに巻き込まれるのはもう慣れている。連れ去られたりなんてもはや片手じゃ数えきれないくらいにはあった気がする。いまさらそんなことで目くじらをたてていられない。


「あの、奈央の代わりにステージに出てもらえませんか!?」


「代わりって、僕が?」


「私が見間違えるくらい似てるあなたなら、きっとステージを見ただけならわからないはずです。お願いします。ステージをすっぽかしたなんてことになったら、奈央の今後が」


 そういうことを言われると断りづらくなる。僕には関係ない、って突っぱねられるくらいの度胸があればいいんだけど、今から手に入れるにはちょっと時間がない。


「でもいきなりアイドルの代わりなんて」


「のどの調子が悪くなったということでトークイベントに変えてもらいましょう。アニメの話題とかならある程度わかるんですよね?」


「いや、友達の付き合いで来たので、あんまり詳しくないんです。コスプレ広場も友達を探しにいって囲まれちゃって」


 マネージャーさんの顔がどんどん青ざめていく。頼みの綱があっさりと切れてしまってこのまま地獄にまっさかさまに落ちていく。


 僕が悪いわけじゃないのに、罪悪感が胸の奥から湧き出てきて、どうにかしてあげたいと思ってしまうのは僕の悪いところだ。


「あの、ダンスだけだったらできますけど」


「で、できるんですか?」


「四曲だけなら。ライブの真似しただけですけど」


 玲様に踊らされたのが三曲。それからCM撮影用に練習したのが一曲。全部沢森奈央さんの曲だ。これは幸運なのか、それとも不運なのか。僕にすら判断がつかない。


「歌はのどの調子が悪いので口パクってことにしてもらいます。それでも穴を開けるよりは何倍もいいので。ちょっと待っててください!」


「あ、まだやるとは言ってないんだけど」


 僕の答えも聞かずにマネージャーさんはどこかへ行ってしまった。そして大きな鏡台の前に座らされてメイクさんにメイクを施される。


 さすがにプロの技。湊さんも上手だと思ったけど、鏡に映る自分が女の子にしか見えなくなった。CMのときは男らしく変えてもらったけど、こんなに雰囲気を変えられるんだ。


「事情は説明してきました。リハお願いします!」


「は、はい」


 本物のアイドル衣装に身を包み、幕の下りたステージに上がる。こんな姿、遥華姉が見たらなんて言うだろう。喜びすぎて言葉が出てこなくなるかな?

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