初イベントはワクワクとドキドキとトラブルが渦巻いてⅤ
ステージのリハーサル。それも一発で通しなんて前の僕だったら何をしていいかわからずに立ち尽くしていただろう。今はというと専門用語も少しくらいはわかるし、段取りもなんとなくわかっている。
ディレクターさんの指示を聞いて、カメラの位置を確認。ダンスはもう頭に入っている。最後に気になったことがないかを確認して、リハーサルは滞りなく終わった。
「もしかして、他の事務所のアイドルなんですか?」
「いや、そういうんじゃないんですけど」
「ダンスも完璧でした。これなら会場も満足してもらえます!」
まだ成功したわけでもないのに、マネージャーさんはもう舞い上がっている。そのせいで僕へのプレッシャーはどんどん増しているんだけど、そんなのお構いなしだ。
「それにしても本物はどこに行ったんだろ?」
衣装を直してもらいながら、考えてみる。何か事故とかトラブルに巻き込まれちゃってたら大変だ。テレビに映っていた姿はあんなに楽しそうだったのに、まさか逃げ出したなんてことないよね?
「あの、奈央さんどうかしたんですか?」
「それが全然わからないんです。連絡も取れないし、同人イベントに行きたいって話していたので、遊びすぎて忘れてるのかと思ったんですけど」
「プロのアイドルさんなのに、忘れるなんて」
「ちょっと抜けてるところがあるんです。こんなことなら時間まで監視しながら遊ばせておいた方がよかった。失敗しましたよ」
これからステージに上がる僕のことも心配だけど、そっちも心配だなぁ。
話題の新人アイドル、それもオタク趣味となれば、ゲームの見本市なら注目の的だ。今回はソーシャルゲームのタイアップでイベントキャラクターとして参戦するらしい。そのコラボ企画のライブだって。
ヒロイン選挙のときとは比にならない数の観客が集まっている。さすがにこんなにたくさんの人の前でダンスするのは初めてだ。
「ミニライブは全部で三曲です。間にMCはとれません。大丈夫ですか?」
「はい。頑張ります」
「何かあったときは中止も辞さないつもりです。元はこちらの責任ですから」
そんなこと言われると、よけいに失敗が許されなくなる。とにかくこのステージに上がったら、僕は小山内直じゃなくて沢森奈央だ。
「うおおおお!」
ステージの端から出てきただけで、大歓声を浴びせられた。びっくりして飛び跳ねそうになるのをなんとか我慢して、手を振りながら中央へ。
「今日はありがとう。こんな声になっちゃってゴメンね」
事前に声はほとんど出せないってことで、少しだけあいさつ。ちょっとだけ声を高くしてみたけど、違和感ばかりが残った。無理しなきゃよかったよ。
「でもダンスはしっかりがんばるから、みんな楽しんでいってね!」
大きく手を振ると、また遠吠えみたいな歓声が返ってきた。ちょっと楽しくなってくる。でもこの歓声は奈央さんに向けたものなのだ。本当は僕がもらっていいものじゃない。
イントロが始まる。マイクを後ろのミニテーブルに置いて、ここからはトークはいらない。ダンスだけやればいい。
このステージは初めてだけど、ダンスは最近何度も繰り返してきた。きっと大丈夫だ。
もう流れで踊れるようにはなってるけど、意識するべきところは変わらない。指先と足先と頭の先。それから重心と観客の表情。手やうちわやペンライトが波のように揺れている。その動きに合わせてアドリブでジャンプなんて入れてみたりして。
曲が進むごとに汗が浮かんでくる。でも休憩なんてしていられない。遥華姉やじいちゃんの地獄の特訓に比べれば、このくらいなんでもない。それよりも苦しいことを顔に出しちゃいけないのだ。
だって、今の僕はアイドルだから。ただの代理だけど、奈央さんの評価を落とすわけにはいかないのだ。
二曲目が終わって、お水を飲む小休止。本当はここでMCを挟んで場を繋ぐらしいけど、奈央さんのこともゲームのこともわからない僕がやったところでボロが出るだけだ。
すぐにステージの中央に戻ってラストの三曲目へいこう。ステージから観客たちを見下ろすと、その真正面にいつもの姿があった。もちろんゴスロリコスプレのままで、舞台の僕より何倍もかわいい女の子が立っている。
「玲様?」
ヒロイン選挙のときと同じ。いつの間に割り込んできたのか、男の人ばかりの中で小さな体を乗り出して、僕に何かを伝えている。でも歓声にかき消されて何を言っているのかわからなかった。
「奈央ちゃーん!」
歓声が飛んでくる。僕は直ではあるけど、奈央じゃない。なんかややこしくなってきた。
とりあえず、イントロが流れる前にウインクをして手を振る。アイドルとして期待には応えてあげないと。投げキッスとかはさすがに恥ずかしい。
「って、えええぇ!」
最後の一曲に向けて、気合を入れたところだった。観客席の一番前にいた玲様がロープをまたいで僕のいるステージに走ってくる。ステージにいるのが本物じゃないと思っていて気が抜けていたらしい警備員の制止も間に合わない。
普段の玲様からは想像もできない速さで僕の元に駆け寄ってくると、そのまま体当たりをぶちかましてくれる。
小さな玲様の体なら簡単に受け止められる。アイドルの女の子にゴスロリの女の子が抱きつくという異常事態なのに、なぜか観客席は今日一番の盛り上がりを見せていた。
「ちょ、ちょっと玲様?」
「うるさいわよ。直のくせに私を心配させるなんて生意気なのよ」
「いや、これはいろいろあって」
「言い訳は後で聞くわ」
玲様は僕から離れると、後ろのミニテーブルに置いたままのマイクをつかむと、大きく息を吸い込んで叫んだ。
「さっきからナオナオってうるさいのよ! これは私の直なんだから! 誰にもあげないんだからね!」
いやいや、いったい何を怒ってるのさ? それに僕はずっと玲様のお人形だ。誰かに譲られた覚えはない。ときどき遥華姉や湊さんや佐原先輩に貸し出されてるだけだ。
いきなりの爆弾発言とともに僕を舞台から引きずりおろそうとする。なんで玲様はそんなに怒ってるのさ。ちょっと規模は違うけど、やっていることはいつもと変わらないのに。
「ほら、降りるわよ。本物はちゃんといるから黙ってこっちに来なさい」
「本物、って」
「いいから早く」
突然のトラブルに呆然としていたスタッフさんが慌てて幕を下ろす。
「百合来た! 恋人がアイドルになって嫉妬した女の子が追いかけてくるとか最高過ぎる」
「愛の逃避行とかいいぞ、もっとやれ!」
「キマシタワー!」
なぜか今日一番の歓声が上がる幕の向こう側に不安を覚えながら、僕はステージ脇へと連れていかれた。今日はそういう日みたいだ。
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