アイドルは画面の向こうできらめいてⅢ

「ナオ、遅い!」


「だったらその思いついたいいことを言わずに心の中にしまっておいてよ」


「まだ何も言ってないよー」


 遥華姉が僕の頭を撫でる。それでほだされるのはたぶん遥華姉だけだ。僕には遥華姉との身長差が強調される気がするから頭を撫でられるのはあんまり好きじゃない。


「どうせアイドルのコスプレしてみて、とか言うんでしょ」


 遥華姉の考えを当ててみせる。今朝の雰囲気からしてなんとなく嫌な予感がしてたのだ。玲様が僕にイベントでコスプレさせるんだから自分もやりたいと思っていそうだったもん。もう長い付き合いなんだからだいたいわかってる。


「んー、ちょっと違うかな」


「え、絶対そうだと思ったのに」


「あ、アイドルの衣装は着てもらうんだけど」


「やっぱり着るんじゃない」


 まだ準備は整ってないらしくて、今日いきなり着るってことはなくて助かった。今は忙しくて疲れてるんだから、心の準備期間くらいは用意しておいてもらわないと。


「それでね。ナオってダンスもできるんじゃないかなって」


「え、なんで?」


「ほら、アイドルは歌って踊れるものだから」


「僕はアイドルじゃないってば」


 ちょっと似てるらしいけど、だからって中身までその人と似てるってわけじゃない。遥華姉が剣道、玲様がマンガ、湊さんが裁縫。それぞれの時間を使って技術を身に着けている。それはあのアイドルさんだって同じだ。


 ステージでは苦労なんて知らないように笑顔でも、裏では必死に努力してあの技術を身に着けている。一朝一夕で真似できるようなことじゃない。


「たぶん大丈夫だって。ほら、鉄海てっかいさんも武術は舞踊のように雅で風流でなくてはならない、って言ってるし、晁流のぼるさんも剣を振ることは楽器を奏でることに似てるって言ってたし」


「そんな達人たちの言葉の綾を参考にされても」


 じいちゃんの教えの中にそれがあるのは知ってるけど、それは例えであって剣術をやっていればダンスができるようになるわけじゃない。僕ができるのはあくまで居合であってダンスじゃない。


「この間も思ったけど、ナオってモデルさんみたいな姿勢をさっととれたりしてセンスあると思うから。とりあえずやってみて」


「もう言ってる方は気楽なんだから」


「じゃあライブBDブルーレイディスク見て勉強しよ」


 遥華姉に引っ張られて隣の家に連れていかれる。遥華姉の熱のこもったアイドル講義は遅くまで続いた。


 見たところですぐに真似できるわけないんだから。また一つ、僕に課題が増えてしまったのだった。


 いつものように玲様の家に行くと、今日は真面目にマンガを描くことなく畳の上にゴロゴロと転がっていた。


「今日は休憩?」


「違うわよ。完成したの」


「え、いつの間に!?」


 順調だったのは知ってたけど、絶対何か一つくらい問題を起こすと思ってたのに。イベントの一か月前が〆切りだから、なんとか二日前に間に合ったことになる。


 前日に涙目になった玲様を応援する準備はできてたんだけど、必要なかったみたい。


「じゃあ完成したの読めるの?」


「読めるけど読ませないわ」


「えぇ、どうして?」


 作業を手伝ってたからだいたいのお話はわかってるんだけど、やっぱり完成したものを読むのはまた違う。それに玲様が初めて完成させたマンガなのだ。読みたいに決まっている。


 データは印刷会社に送っちゃっただろうけど、複製できるんだからパソコンの中に残ってるはずだ。それを見せてくれてもいいのに。


「私が作ったのは同人誌よ。原稿じゃないわ。本番ではちゃんと読ませてあげるから楽しみに待ってなさい」


「わかったよ。楽しみにしておくね」


「今まであんまり構ってあげられなかったし、ご褒美に直で遊ぼうかしら」


「なんかひっかかるんだけど」


 玲様にとっての僕は着せ替え人形だから間違ってはないんだけど、なんだかなぁ。でもこういうことを言うときの玲様はちょっと寂しかったり僕に申し訳なく思ってるときだ。恥ずかしくてわざとそういう言い回しをする姿を何度も見ている。


「それで、今日遥華と話したんだけど」


「えぇ、それは嫌だよ」


「まだ何も言ってないじゃない!」


 遥華姉の名前を聞いただけでもうだいたいの予想がついてるよ。この話し振りだと湊さんにももう伝わってるんだろうな。早くも逃げ場がない。


「まぁいいわ。じゃあ直。はい、踊って」


「いきなり無茶振り過ぎるよ」


 はい、って言われても踊れるのはせいぜい体育祭で練習したフォークダンスと地域のお祭りで踊る盆踊りくらいだ。遥華姉のアイドル講義は聞いたけど、だからってすぐに踊れるようになるほど僕は器用じゃない。


「遥華からライブBDも借りてきたから好きなだけ勉強してくれていいわよ」


「そんなこと言われてもなぁ」


 玲様がマンガを描くときに使っていたちゃぶ台も片付けて、広く感じる玲様の部屋で今度は僕が泣き言を漏らす番だ。


 ダンス講座の動画を見ているわけじゃない。演出のためにいろいろ動くカメラから動きを覚えて、自分の体で再現する。結構難しい。


「意外と踊れるじゃない。直ってセンスあるのね」


「そうかな? 自分ではよくわからないけど」


 遥華姉じゃないけど、居合や剣術の動きはダンスにも応用が利くのかもしれない。体の先まで意のままに動かすという意味では目標にしている場所は同じだもんね。

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