アイドルは画面の向こうできらめいてⅡ

「はぁ」


「ホールで溜息なんかつくなよ」


「疲れることが多いんだよ」


 眞希菜さんのお叱りにもあまり強く言い返せないくらいに僕は肩を落とした。ピークは過ぎて片付けの時間。お客さんはいないんだから今くらいは気を抜かせてほしい。


 眞希菜さんはアルバイト先のレストランで厨房を一人でとりしきっている実質コック長さん。最近は玲様に料理を教えてあげたりしていて、いつもケンカしているけど楽しそうにやっている。


 気の強い性格と荒っぽい言動で誤解されがちだけど、こうして一緒に働いていると結構気遣いのできる優しい人だ。本人に言うと怒るけど。


「あいつはちゃんとマンガ書いてんのか?」


「うん。なんとか大丈夫みたい。心配なら見に行ってあげたら喜ぶよ、きっと」


「オレがそんなことするわけねえだろ」


 まぁ今は本当に行かない方がいいかもね。自分までコスプレすることになっちゃったから眞希菜さんも一緒にやれって言い出しかねないし。


「おつかれさま。直くんにばっかり頑張ってもらって悪いわね」


「いえいえ。玲様の応援はしたいですから」


 オーナーの朱鷺子さんが残ったフルーツで作ったまかないパフェを出してくれる。疲れた体には甘いものがいいって言うしね。毎日食べていたら太りそうだけど、遥華姉の地獄の特訓のおかげでどんどん体は変わっているはずだ。


 本当はもっと筋肉をつけて玲様が女装させたくなくなるくらいになりたいんだけど、体つきはなかなか変わってくれない。遥華姉の腕も脚も細くてきれいだから、同じ練習メニューだとそうなっちゃうのかな?


 このままだとまた湊さんに足が細くてズルいとか言われちゃいそうだ。


「うーん、おいしい」


 でもそんな悩みはパフェの甘さの中にすぐに溶けて消えてしまうのだ。


「おいおい、大丈夫かよ」


「まだ若いから平気だよ」


「忘れてるかもしらねえけど、オレは一個しか違わねえからな」


 そう言えばそうだった。眞希菜さんは高校に行かずにここで料理の修行をしている。最終的には調理師免許の試験を受けるらしい。いつかは自分のお店を持つんだろう。自分の目標がしっかり決まっていてすごいなぁ。


「あ、そうだ。眞希菜さんってアイドルとか詳しい?」


「オレがそう見えるか?」


 そうは見えないんだけど、そんなこと直接言ったら怒られそうだ。遥華姉でも急にハマりだしたんだから、眞希菜さんが好きでも別に悪いことじゃない。


「最近遥華姉が好きなアイドルがいるらしくてね」


「あの巨神兵がアイドルか。ま、いいんじゃないか」


「そのアイドルが僕に似てるって言うから、客観的な意見を聞いてみたくて」


 結局朝に聞いた名前は憶えているけど、どんな人だったかはよく思い出せない。片付けを終えて閉店のお知らせを出してから、眞希菜さんと朱鷺子さんと一緒に名前を検索してパソコンで写真を見てみる。


「沢森奈央。名前が似てるってだけか?」


「やっぱりそうだよね。遥華姉の言い過ぎだよ」


「そう? ちょっと口元が似てる気がするわ。前の直くんはこんな感じだったわよね」


 今は剣道を再開して最近顔が引き締まったような気はする。昔はぽってりした頬が可愛いってよく言われたっけ。そう言われてもう一度奈央さんの顔を見てみるけど、やっぱり自分と似てるっていうのはよくわからなかった。


「そうかなぁ」


「別にお前がアイドルやるわけじゃねえんだから気にしたってしょうがないだろ」


「そう言われたらそうなんだけどさ」


「何だよ。もしかして妬いてるんじゃないのか?」


「え、僕が? 誰に?」


 別に僕はアイドルになりたいわけじゃないから、この女の子がどんなに可愛くても嫉妬する理由なんてない。むしろそんなことしてたら遥華姉や玲様になんて言われたものかわかったもんじゃないよ。


「幼馴染がとられて寂しいんじゃないか、ってな」


「さすがにそこまで子どもっぽくないよ」


 テレビにかじりついている遥華姉の姿を見たってそんなことは思わなかったんだから。


 眞希菜さんの的外れな予想を聞き流して、僕はお店を出た。


 自転車に乗って街灯も頼りない農道を自転車で走りながら、さっき話したことを考えていた。


「さすがに嫉妬はしてないけど、もしこのもやもやを言葉にするとしたら」


 いや、やっぱり口にするのはやめておこう。言霊ことだまっていうものがあって人間が口に出した言葉は実現したりするのだ。だから気合とか根性とかは口に出した方がいいってじいちゃんが言っていた。


 だから起きてほしくないことはできるだけ口にしない方がいい。そうじゃなくても今僕の中にある不安を実行しようとする人は少なくとも三人はいるんだから。


「ただいまー」


「おかえり、ナオ」


「遥華姉、来てたんだ」


 またお菓子の差し入れに来てくれたのかな? 遥華姉は今もときどきうちのお母さんに食べてもらってアドバイスをもらっている。遥華姉の家は共働きでバリバリキャリアウーマンなお母さんだけど、お料理はちょっと苦手らしいからね。


「ねぇ、ナオ。私いいことを考えたんだけど」


 あぁ、やっぱり。朝テレビを見たときから絶対言い出すと思っていた。


 逃げられないことを覚悟しつつ、少しでも結論を先延ばしにするために、僕は追いかけてくる遥華姉から逃げるように自分の部屋にカバンを置きに行ったのだった。

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