ゴシックロリータはフリルで可愛く彩ってⅤ

 いつ連絡が来るかとおびえていたけれど、二日経っても玲様からの着信はなかった。別に女の子を捕まえたのか、それとも彼女なんて効果がないと思ってくれたのかわからないけど、平穏な学校生活を楽しめるのはありがたい。


 僕は携帯の着信履歴に新しい表示がないことを確認して、下校するために昇降口へ向かっていた。


「直、帰るの? 何か部活でも始めればいいのに」


 階段を下りたところで遥華姉が絆創膏ばんそうこうや包帯を持ってこちらに歩いてきた。部室に置いておく備品らしい。保健室からもらってきたんだろう。まだ放課後になってそれほど時間も経っていないのに、遥華姉はもうジャージに着替えている。


「遥華姉は剣道部?」


「マネージャーだけどね」


「遥華姉こそ剣道やればいいのに」


 道着を着て竹刀を振るっていた遥華姉の姿を思い出す。背筋をピンと伸ばして鋭く前を見つめる遥華姉はテレビに映るどんなヒーローよりもかっこよかった。僕の目標であり自慢だったのだ。


「いいの。周りにいろいろ騒がれるの、嫌なんだもん」


「それなら他の」


 そう思って続きを言うのをやめた。遥華姉にとっては他のスポーツでも同じなのだ。かっこいいと言われるよりも可愛いと言われたい。でもそれに向かって努力するのをなんとなく恥ずかしがっている。それは結局本人の力でしか変えられないことだ。僕にだってその気持ちは痛いほどわかる。


 それじゃ、と別れようとして、なんだか校門の方がにわかに騒がしくなってくる。


「何かあったのかな?」


「見に行ってみる?」


 遥華姉はそう言うけど、断ったところで僕を引っ張って見に行くに違いない。要するに断る権利なんて僕には与えられていないのだ。


「うん。行ってみよう」


 すぐにスニーカーに履き替えて校門に向かう。遥華姉と合流して校門の方へと向かうと、僕と同じように部活に入っていない生徒が何故か帰ることなく校門の前に群がっていた。


 そして開け放たれているにもかかわらず誰も通ろうとはしない校門の向こうに、僕は嫌な思い出がいっぱいに詰まった真っ黒な高級車の姿を見た。その前には当然のように玲様とお付きの黒服さん二人の姿もある。


「うわー、誰か待ってるのかな? ってナオ、顔色悪いよ」


「あぁ、うん」


 別の女の子を品定めに来たんだろうか。そうだ、そうに違いない。だって玲様は僕が男だって知らない。遥華姉はこれから部活に行くし、一人だけでいれば目の前を通ったって気がつかない。気付かれたとしても白を切り通せばきっと。


「大丈夫。誰か待ってるのかな?」


「なんだか怖そうな人連れてるし、あんまりいい予感しないよ。ナオ、気をつけなよ」


「うん、わかってる」


 遥華姉は部活があるから一緒には帰れないけど、どうやら見送っていくつもりらしい。ついてこられた方が玲様に感づかれそうだからこの方がいいかもしれない。


 騒がしい校門の前を一人、堂々と出ていく。怖がっていると怪しまれるから、あくまでも気にしないようにして。


「あ、やっと出てきたわね」


 耳に恐ろしい言葉が届く。横目に見た玲様はこの間と同じ真っ黒なセーラー服を着て、腕組みをしたまま車のボディにもたれかかっている。こっちも黒だから白い肌の顔だけが浮かび上がっているように見えた。


「直、早くこっちに来なさい」


 バレた。一瞬たりともごまかすことができずに玲様は僕の名前を呼ぶ。ここで逃げ出しても後で酷い目に遭うだけだと、僕の直感が告げている。


「な、何してるの?」


 僕は覚悟を決めて玲様に近づく。玲様は何も答えないまま、じっと僕の全身を品定めするように上から下まで視線を滑らせた。


「本当に男だったのね。報告を聞いても信じられなかったけど」


「報告?」


「まぁいいわ、この際。こっちが秘密を握っていた方が何かと使いやすいでしょうし」


 玲様から出てくる言葉はどれも僕にとって都合が悪いものばかりだ。堪えられない冷や汗が頬を伝って落ちていく。僕の表情が曇っていることなどお構いなしに玲様はにやりと笑った。


「私に黙って女の子の振りなんていい度胸ね」


「玲様が誤解してただけだよ」


「その誤解を正さなかったのは直の方でしょう?」


「それはそうだけど」


 なんとも分が悪い話だ。僕が女装して外を歩いていたとここで玲様に宣言でもされたらもう僕の人生は破滅の道に向かって真っ逆さまに落ちていくことになる。とにかくこの場でははい、と頷くだけ。本当にお人形状態だ。


「あれ? ナオの知り合いだったの? すっごくきれいな娘だねぇ」


「あ、遥華姉」


 僕がここにまだ残っていることに気が付いたみたいで、遥華姉がいつの間にか僕の後ろに立っていた。それどころか緊張で気が付かなかっただけで、校門付近でまごまごしていた生徒はみんなここぞとばかりに逃げるように帰ってしまったみたいで、僕と玲様と遥華姉以外に誰も残っていなかった。


「あぁ、この間の」


 遥華姉の顔を見て玲様はまた怪しく微笑む。声だけしか聞いていないはずなのに玲様はもうアーケードで聞いた声が遥華姉とわかったらしい。もうごまかしようがない。詰んだ、助からない。


「えっと、この人は」


「あら、直のお友達?」


 玲様はにやにやと含みを持った笑いを崩さないまま遥華姉を見つめている。どんどん僕にとって都合の悪い状況になっているような気がする。


「お友達、っていうよりは姉代わりかな?」


 僕を見下ろしながら遥華姉はえっへんと胸を張る。どっちかっていうと僕がいろいろとお世話してあげている側だと思うんだけどな。


「お姉さん。そうなのね、私は中条玲よ」


「中条、ってあの中条?」


 遥華姉だって当然知っている。学校の生徒でも半分以上は知っているんじゃないかな? 高校から夕陽ヶ丘は近いし、地主はお金持ちだって有名だから。


 遥華姉は庶民感たっぷりに玲様の顔をまじまじと見る。同じ庶民として気持ちはわかる。お金持ちだって同じ人間なのに、自分とどこか違う感じがしてしまうのだ。玲様はその視線が気になったのか、頬を引き攣らせながら、ぎこちなく笑顔を浮かべる。


「そう、その中条。それから」


 笑顔のまま僕の腕をとると、玲様は僕の体を自分に引き寄せた。よろけるように一歩近づくとそのまま腕に玲様の体が絡みつく。ゴスロリ服と違って邪魔が少ない制服だと、玲様の柔らかさが近くに感じられて顔の辺りが熱くなっていく。


「私、直の彼女なの」


「「え!?」」


 僕と遥華姉の驚きが重なる。


「直を借りていくわ。それじゃ」


 玲様は僕を車の中へと引きこむと、まだ呆然としている遥華姉を置いて、黒服さんに車を出させる。騒ぎもすっかり収まった校門の前から車が悠然ゆうぜんと走り出す。窓の向こう側では遥華姉がたった一人、時が止まったように立ち尽くしていた。


「ど、どういうことー!?」


 窓越しに聞こえた遥華姉の叫びを僕も復唱したい気分だ。

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