探偵はお供にあんぱんと牛乳を連れてⅩⅠ
そのまま乾いたのどを潤しながら待っていると、もう一度遥華姉が店内に戻ってくる。どうやらすぐそこで宮古先輩とは別れたらしい。
まっすぐこっちに向かって歩いてくる。さて、第一声はどこから怒られるんだろう。
「ねぇ、そのナオによく似た女の子誰? お嬢様の友達? 私にくれない?」
「あげないわよ」
「そもそも本人だよ」
っていうかさっきの驚きは僕だって気付いてなかったの? ずっと幼馴染やってるんだからそのくらいは気付いてほしかったよ。そら葛橋まで来て女装してる方がおかしいんだけどさ。と思ったらやっぱり冗談だったみたいで、遥華姉はこめかみのあたりを叩いてまったく、と唸った。
「なんでこんなところにいるの?」
「そりゃ、心配だったし」
「私が? クマでも倒しに行くとか思ったんでしょ」
「思ってないよ」
頬を膨らませた遥華姉にちょっとだけ嘘をついた。すぐに思い直したし、セーフだと信じたい。それにそのおしゃれでクマ殺しに挑むんだとしたらどれだけなめてかかっているんだ、って話だ。いや、遥華姉ならきっと勝つんだろうけど。
「それじゃあ何?」
「だって、男の人と一緒に出かけるっていうから」
「別にそんなこと気にしなくても。自分の身は自分で守れるよ」
そういうことじゃないんだけどな。やっぱり僕にはちょっとだけ違和感がある。なにか遥華姉は隠し事をしている。それに、あの宮古先輩もなんだか妙な感じがしたし。これは男の勘だ。当たるかどうかはよくわかっていないけど。
「まぁいいわ。帰りは送っていってあげるから行きましょ」
「本当? 田舎のバスは高いんだよねぇ」
五人に増えたところであの車なら少しも狭くない。むしろ後三人は増えても大丈夫そうだ。都会はどこまで乗っても二〇〇円くらいで乗れてしまうらしいって言うんだから地域の格差は大きい。特に僕たちみたいな学生には大きな問題だ。
「月野のじいちゃんは元気そうだった?」
「来てたならナオも顔出せばよかったのに」
「この格好じゃ無理だよ」
びっくりして月野のじいちゃんの寿命が縮んだりしたら大変だ。軟弱だって言って怒りはじめたら今度は僕の寿命が縮んでしまう。
喫茶店を出て干将さんが回してくれた大きな高級車に乗り込む。なんだかどっと疲れてしまった。いったい僕が何をしたって言うんだろう。盛大な勘違いをしていたのは間違いないんだけどさ。
太陽が傾くと、ここは山が多いせいかすぐに影が伸びて光と影のコントラストが地面いっぱいに広がっていく。
見える部分と見えない部分。それはたぶん僕らの中にも存在していて、どんなに近くにいても見えていないものがあるんだろう。それは僕が遥華姉に隠していることがあるように、遥華姉もまた影の部分が存在しているのだ。
「やっぱり遥華に恋愛なんて私は早いと思ったのよ」
「いや、一つしか違わないし。お嬢様だって見た目は子どもじゃない」
「人間に重要なのは心よ」
「心も十分子どもだと思うよ」
すぐにムキになったり、集中すると周りが見えなくなっちゃうところとか。でもそれもやっぱり表面的な部分でしかなくて、玲様の中にも僕が知らない部分がある。
「でも恋愛なんて私にはよくわからないよ。だって私、巨神兵だもん」
いつもより寂しそうにつぶやいた遥華姉は等身大の、普通の女の子だった。
「バカね、そんなに落ち込むようなこと言ってないわよ」
「私にももう少し人の心がわかればいいな、って思うのに」
その言葉に、なぜか心がざわついた。
やっぱり、今の言葉には何か裏がある。遥華姉の言った心っていうのはきっと恋愛絡みの話だ。安心しきっている玲様は少しも気がつかないまま、落ち着くから、と莫耶さんにハーブティーの準備をお願いしている。
なんでだろう。こんなことばっかり考えて。もうすぐ夏休みもやってくる。今年は少しくらい活動的に過ごしたいところだ。遥華姉も一緒にどこかへ遊びに行こう。そうすればちょっと落ち込んだ気持ちもきっと晴れるだろうから。
夕陽ヶ丘に帰ってくると、山がなくなった分太陽が巻き戻ったみたいに明るくなった。移動している間に遥華姉の機嫌もよくなって、月野のじいちゃんの話なんかも聞かせてもらった。
家の前で降ろしてもらって、玲様に手を振って見送る。まだ夕食には全然間に合う時間だった。
「ねぇ、ナオ?」
「何?」
「いい?
それって今日会ったあの宮古先輩のことだよね? それに何を気をつけるって言うんだろう。気をつけるとしたら遥華姉の方がよっぽど心配だよ。
「どうして?」
「それは、後でちゃんと話すから。とにかく気をつけること」
「わかったけどさ」
いったいどう気をつければいいんだろう。そんな道端で急に襲ってくることもないだろう。たとえばやっぱり遥華姉のことが好きで、一番近くにいる僕が危ない? そんな過激なことしなくてもあの顔と性格だけで充分お釣りがくる。そのうえ剣道まで強いときてるのだ。僕に勝ち目なんかないんだけど。
遥華姉の真剣な目に押されながら、僕はとりあえずしっかりと首を縦に振っておいた。
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