ゴシックロリータはフリルで可愛く彩ってⅦ

 今度は座敷ではなく、屋敷の奥にある玲様の部屋に通された。やっぱりというか僕の家と同じで現代っ子の部屋も容赦なく畳が敷かれている。違うのは日に焼けて黄色に変色していないところかな。新しい畳の香りは結構好きだったりする。


 押し入れに物を入れているのか、部屋の中はかなりシンプルで畳敷きだからベッドもないし、僕の部屋でも置いてある学習机もない。本棚とちゃぶ台と洋服ダンス。それから背の低い小物入れになっている水屋が一つ。混じりっ気のない和室そのものだ。


「適当に座って」


 言われれるままに僕は部屋の隅に積まれていた座布団を一つとって座った。スカートだと自然と座り方は正座になる。胡坐あぐらなんて組んでいるとスカートが広がってまとわりついて落ち着かないのだ。剣道で慣れていたことがこんなところで役に立つなんて最初は思ってもいなかった。実際は役に立つ経験なんてしたくなかったんだけど。


 すると、今日は黒服の女性がお菓子を持って現れる。手にあるのは高級な翡翠ひすい色の緑茶、ではなく、真っ黒な炭酸飲料とポテトスナック菓子だった。


「ふふふ、これよこれ」


 悪の総帥みたいに邪悪な笑いを上げて玲様がペットボトルからコップに移された炭酸飲料を一気にあおる。パチパチと喉で弾ける痛みに堪えながらも歓喜に身を震わせた。


「こんなものすら隠れて飲まなきゃいけないなんておかしいと思わない?」


「まぁ、一般家庭でも食べ続けるとよくないけどね」


 かくいう僕も家ではあまりお目にかからない代物だ。じいちゃんがこういうお菓子を食べているのが嫌らしくて、めったに家では食べられない。健康にいいから、とおやつに煮干とかシナモンの飴を出したりする。どちらも僕はあんまり好きじゃない。


 でも前みたいに高級なものじゃないから僕も手を伸ばしやすい。玲様はこのお嬢様であることを忘れてしまいそうな勢いで次々にスナックと炭酸飲料を交互に口に入れていく。スーパーやコンビニで簡単に手に入るものでも彼女には遠い存在なのだ。


「んふー、おいしいわ。これは神の供物にしても喜ばれるわよ」


「ずいぶんリーズナブルな神様だなぁ」


 興奮気味に感想を漏らす玲様を見ながら、僕も弾ける甘さで喉を刺激する。なんだか玲様が子どもっぽく見えてきた。お菓子は人を子どもにする効果があるみたいだ。初めて見たときは神秘的でどこか遠い存在に感じていた玲様も、こうしてみると普通の女の子だ。


「それで、今日は僕に釘を刺すために呼んだの?」


「それもあるわ。後は本当に男なのか確認と家に呼んで仲がいいとあの人に思わせること」


 それから、と玲様が付け加えようとしたところで、部屋の扉がノックされる。引き戸にやや強引につけた鍵を開けて、玲様が部屋に黒服を入れる。


「お嬢様」


「また? 一人で留守番も面倒なことね」


 玲様はぼそりと愚痴をこぼすとすぐ戻る、と言って僕を置いて部屋を出た。名家の娘なら来客の対応もきちんとしなくてはいけないんだろう。大人がいないから、と僕の家のように出直してもらうことは簡単ではないのだ。


 部屋に残された僕は悪いと思いながらもつい部屋の中を見回してしまう。女の子の部屋なんてそうそう入る機会なんてない。遥華姉の部屋は僕にとっては女装させられる場所だからあんまり見ないようにしている。変なトラウマができたら大変だし。


 きれいに整頓された部屋は無駄がない。僕の部屋より無機質に見える。物の数が少ないからだとようやく気がついた。本棚も教科書にノートに参考書、それから辞書。一番下は百科辞典が並んでいる。僕も似たようなものを親戚にもらったけど一度も開いたことはない。


「あれ?」


 その百科事典の上。一冊だけ黒いノートが横になって事典の上に置かれていた。それだけなら何もおかしいことはない。僕の部屋の本棚には同じように差し込まれた本がたくさんある。でもこの整頓された部屋の中ではまるでノイズのようにその存在を主張しているように思えた。


 表紙にタイトルもない無地のノート。悪いと思いながらも僕の興味がノートを広げるように急かす。


「これ、マンガの練習?」


 中身も無地の白いノートには男の人のイラストが次々に描かれていた。一人だけぽつりと立っているものからだんだんと人の数が増えて、途中からコマ割が入っているページ、逆に下書きだけや目だけがずらずらと並んでいるページもある。


 さらにめくると今度は立っている男の子の絵の隣にいろいろと設定が書いてある。これが集まってマンガになるんだろうか? 店で売っているものを買ったことはあっても、描いている人を見たことはなかったから、なんだか新鮮な気分だ。


 それにしてもかっこいい男の人ばかり並んでいると、今女の子の服を着ている自分が悲しいほど哀れに思えてくる。


「これがマンガになるのかぁ」


 すっかり感心してしまって僕はページをめくり続ける。後ろの戸が開く音なんて聞こえるはずもなかった。


「な、何を見てるの!?」


「え?」


 僕の背中側の引き戸から玲様が戻ってくる。僕が答える間もなく、猫みたいな俊敏さで僕の手にあったノートを奪い取る。呆気にとられている僕を涙を浮かべた目で睨みつけながら、玲様はノートを大事そうに胸に抱きしめている。

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